俺は重い足取りで家に帰った。
深呼吸をしてから、夏菜と同居していた家のドアを開けようとする。
「ん?」
ドアノブを回すと、既に鍵が開いていた。
泥棒?
音を立てないようにして家に入った。
玄関に俺がいるのに気づいた誰かが走って階段を降りてくる音が聞こえた。
「おっかえりー!」
「……夏菜?」
嘘だ。夏菜だ。
目の前にいる夏菜に触れようとしたら、手が空を切った。
「えっ」
突如、夏菜がまるで幻だったとでもいうかのように消えていく。
最初は足が消えて、次に腰と腹が、腕が、首が、顔が。
「まっ、待って!!夏菜!!」
喉仏から出した声は悲鳴だった。
「……夏菜っ!!」
パリン!なんて音がして、夏菜に触れようとして伸ばした手が靴箱の上にある花瓶に当たって、花瓶が音を立てて割れた。
「ハハハハ」
……何だ。本当に幻だったのか。そりゃそうだよな。だって夏菜はもう……。
「鍵は単に閉め忘れただけか」
今朝の俺がそれくらい動揺していたとしても、不思議ではない。
「夏菜っ!!」
俺は走って、夏菜の部屋に行った。
花柄のカーテン、ピンク色の机、ピンク色の敷き布団と掛け布団がかけられた木製のベッド、アルバムや本が入った茶色い戸棚。
……配置もあるものも何もかもそのままなのに、夏菜だけがいなかった。
「うっ、うあああああああっ!!」
絶叫。
叫んだところで何も変わりやしないとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。
なんでいないんだ。なんで死んだんだ。なんで俺がこんな仕打ちをうけなきゃいけない。
ゲームや漫画なんかでは、ありがちな設定かもしれない。大切な人の死を味わった主人公がそれをバネにして逆境に立ち向かって、成長するなんて話はよくあるものだ。
でもそれは、漫画やゲームの世界の話で、今生きてる人の話じゃないだろう。
……そのハズだろう?
「うっ、うっ」
俺は大切な人の死を、この世で最も愛した人の死をバネにできるほど強くないんだよ!!
「あああああああああ、あああっ!」
声が枯れる勢いで叫んで、髪を掻き毟る。
「……ここから飛び降りたら、死ねるかな」
窓を開けてベランダに行って、そんなことを呟いてみた。
「ハッ」
……死ねないか。どうせ二階だし。
……花瓶片付けよう。
夏菜の部屋を出て玄関に戻り、割れた花瓶を片付けた。



