死のうと思った日、子供を拾いました。


「……本当にいい子ですね」

 真希さんは笑うのをやめた。

「……ただのいい子だったらよかったんですけどね」

「え? どういう意味ですか?」

「……愁斗はいい意味でも悪い意味でも子供すぎるんです。あの子は足し算も引き算も九九も読み書きも、人と話すのも満足にできないんです。身体だけがやたら成長してしまった。その事実が、幼い愁斗の心を壊してしまった。愁斗は私に依存しているんです。……愁斗は環境のせいで、自分じゃなくて、姉の私を中心に物事を考えるようになってしまった」

『言われなくても死なないよ。姉ちゃんが死ぬまでは』

 愁斗の言葉を思い出す。――冗談だろうとそうでなかろうと中学生の子があんなことを言うのは、どう考えても普通ではない。むしろ異常だ。

 ……それに、愁斗の場合絶対に冗談でないといいきれてしまうから、本当に洒落にならない。

「愁斗くんは、もし真希さんが死んだら」
 俺の声を亘って、真希さんは言う。
「ええ、自殺します間違いなく。愁斗は私がそばにいるから死なないだけ。私がいなくなったら、本当に死んでしまうんだと思います。でも、一体誰にそれを止める権利があるんでしょうか」
「それは……」
「誰にもないです。きっと愁斗は母親や私の父親はもちろん、私にだって自殺を止められたくないんです。愁斗は、死ねば全てから解放されると信じて止まないんです」

「わかる気がします、その気持ち。俺も死んだら、この酷い現実から、解放されると思ってしまっていますから」

「しまってって言えるだけ、流希さんはまだマシですよ」

「え?」

「しまってというのは、後ろめたさがあるから言える言葉じゃないですか。そう言えるだけ、愁斗より十分マシです。愁斗は流希さんと違って、後ろめたさを感じていない。自殺を悪い事だと自覚していない。死ぬことに一切の躊躇がないんです、流希さんと違って」

 確かにそうだ。でないと、俺の代わりに自分が死ねばいいなんて思うわけがない。

 
 ……馬鹿げている。中学生がそんなことを思うなんて。

 愁斗を助けたい。愁斗が笑って生きれる未来を作ってあげたい。

 でも、今は正直いって、夏菜のことで頭がいっぱいで、人助けなんか、する気にもなれない。

「……すみません、俺に何か出来ることがあったらいいんですけど、今は全然、それどころじゃなくて」

「そんな。いいですよ、気にしなくて。でも、こうして会えたのも何かの縁だと思うので、気が向いたら、いつでも遊びに来てくださいね」


「……はい」

 そういうと俺は立ち上がり、玄関で靴を履いて、真希さん達の部屋を出ていった。