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 学園祭って、いつからあるものなんだろう? 誰が何の目的で、こんなことを始めたんだろう?
 せっかく案内をするのなら、きちんとした説明をするほうがいいんじゃないか。そんな考えもチラッと浮かんだが、どうでもいいやと思い直した。
 沖田がものごとの由来や歴史をいちいち知りたがるはずもない。万一知りたがるようなら、後で巡野に説明させよう。

 グラウンドは、おまつり広場と名付けられていた。学生たちによる模擬店がずらりと並んでいる。
 沖田は目を輝かせた。

「祭りだね!」
「きみの知ってる祭りの景色に似てる?」
「音楽が鳴って、屋台が並んで買い食いができて、人がたくさんいて、あっちには舞台もある。祭りじゃなかったら何だ?」

「こういうのは好き?」
「たぶん好き。数えるほどしか行ったことがないから、たぶんとしか言えないけど」

 沖田は両親を早くに亡くし、幼いうちから近藤勇の道場の門下生として育てられたという。祭りに行ったのは、いつ、誰とのことだったのだろう? 江戸で? それとも京都に移ってきてから?

「わたしもあんまり祭りには行ったことがないよ」
「知ってる。案内しろとは言わないよ。巡野さんが抜かりなく、見どころをまとめた書付を寄越してくれたから」

 沖田は袂《たもと》から紙片を取り出し、ぴらぴらと開いてみせた。流麗な行書体によるメモが、器用なことにボールペンの筆跡で書き付けられている。

「巡野は字がうまいよね」
「むしろ今の時代の教育が生ぬるいんですって言ってたよ。学問を志す人なら、書や詩歌や漢文くらいできて当たり前でしょうって」

「真に受けないで。あいつのころでも、よっぽどちゃんとした家柄のお坊ちゃんじゃない限り、そんなにきちんとした教育は受けられなかったはずだよ。何て書いてあるの?」

「どの店のものなら食っていいか、全部書いてくれてる。古代米の焼きおにぎりとか、素材にこだわったタコせんとか、信州の大学の連中が売りに来る林檎とか。浜北さんはどこかに用があるんだっけ?」

「本を買いに行く約束をしてるの。それはこの広場の出店じゃなくて、建物の中で部屋を借りて店を出しているはずなんだけど」
「屋内企画っていうやつ? 化け物小屋もあるらしいね」

 それは水泳部のお化け屋敷のことだろうか。あるいは、ランニング同好会の美脚女装喫茶のことだろうか。どちらも、一年ぶんの活動費を稼ぐために、命懸けの気迫で企画を作り上げるという。
 巡野のメモを見ながら、沖田は目を輝かせている。わたしは呆れた。

「化け物小屋なんて興味あるの?」
「ずいぶんイヤそうな顔をするね。あ、もしかして怖いのか?」
「そんなんじゃない」
「よし、じゃあ行ってみよう。度胸試しだ」

 沖田はわたしの手首をつかんで歩き出す。
「ちょっと。ねえ、歩きにくいよ」
「はぐれるよりいいだろう?」
「手首つかまれて引っ張られるのって、連行されてるみたい」
「ああ、壬生狼のおれが相手役なら、そういう物騒なのがちょうどいい」

 沖田は、からりとした笑い声を上げた。手をつなぎ直すでもない。痛いくらいの力でわたしの手首をつかんだまま、半歩先をすたすた歩く。
 どこで何の企画がおこなわれているのか把握していないのは、わたしも沖田も同じだ。呼び声や音楽に誘われ、気の赴くままに、ふらりと建物に入ってみる。

 学部生のころには全学共通科目で毎日利用していた場所が、今日はすっかりお祭りムードに染まっている。
 あちこちに弾ける、色づいた空気。マンドリンの生演奏。超絶技巧のジャグリング。エレクトーンと雅楽のコラボレーション。小劇団による即興寸劇。