「と、藤堂(とうどう)さん、偶然ですね……」

「はは、そうですね」

一応自分の生活圏内だけは穏やかでいたいので、愛想良く微笑む。

女は俺がいたことでますます気まずそうな顔をしていた。さっきのやり取りを聞かれてしまったと思っているのだろう。

こっちだって気まずいわと心で言い返しながらも、こういう時に大人の嫌な部分が出てしまう。


「せっかく来たんだから、好きなの一杯飲んでいったらどうですか?」

俺はスマートに自分の隣の席の椅子を引く。女はぺこりと頭を下げて大人しく座った。


「藤堂さん、おひとりですか?」

「ええ、見てのとおりで」

「……なんか恥ずかしいところ見られてしまいましたね」

「いえいえ、気にしないでなにか選んでください」

スタッフにメニューを借りて女に渡す。


女の名前はたしか雪村(ゆきむら)なんとかさん。俺よりも6つ下の21歳だった気がする。

東京暮らしに憧れて上京してきて、一人暮らしをしながら大学に通い、親には頼らず駅前のパン屋でバイトをしてることをペラペラと教えてくれたことがあった。

『友達欲しいんですけど、できないんですよね』なんて挨拶がてらに一方的に話しかけてくるのはいつものことで、俺は面倒くせーなと思いつつも『焦らなくてもいつかできますよ』なんて適当なことを返すのがお決まりのパターンだ。