保留にされてしまった…。



『おれだけでいいじゃん』って…言った。



アラタくんの手。



やっぱりわたしとは全然違う。



大きくて…男のひとの手だった。




なんて、ホワホワしながら



引き出しから取り出すみたいに




アラタのこと思い出しては



バイトも、上の空で終えた萌。



あっ。今日バイト終わり早いんだった。



アラタくんに言うの忘れてた。



どうしよ?



…そうだ。



今日は私が迎えに行ってみよ!



アラタくんのバイト姿、見れるかも!




駅前の繁華街から遠ざかるように




通り慣れない道を歩く。



いつもアラタくん、ここ通って来て



くれてるんだな。



なんて、考えながら。




今日はずっと



そんなことばっかり




アラタくんのことばかり




考えて…。




大きな十字路を折れたら



アラタくんのいるスタンドが、見えた。



遠くからでもアラタくんの姿を探してしまう。



少しずつ近づく距離。



あっ。見つけた。



アラタくんだ。



オレンジのツナギ姿だけど



腰でツナギの袖を結んでて、



上は白いTシャツ姿。



何かホースの付いたおっきい掃除機みたいなの




運んでる。




車の影で見えなくなったって思ったら



車の下から出てきた




タイヤ外してるのかな?



白いTシャツから伸びた腕に



グッって、チカラが入って…



腕のカタチがハッキリ見えて




ドキドキ。



見とれてしまう。



ハッ。



イヤだ。これ、いま見つかったら



わたしストーカーみたいじゃない?




スタンドは明るくて、萌のいるところは



向こうから見たら暗くて、




隠れてのぞき見してるみたいだしっ。




どうしよう。




アラタくんのバイト姿が見たい欲で



来ちゃったけど。




ここ(暗いとこ)で待ってたらほんと



ストーカーみたいで怖いよね。



スタンドで笑い声が聞こえた。



金髪のひとや、



あっ、女のひともいる。




あそこに乗り込む勇気はないし。




ちょっと手前まで戻って



待ってようかな。




何て、思ってたら




「あれ。何かいる」



金髪のオトコのひととバッチリ目が合った。



いやー。見つかった。



えっ。しかも、何。何で?



えーっ。いやだー。



金髪がダッシュでこっちに走ってくる!



こわっ。逃げ…



逃げたいけど、ここで逃げたら



わたし、ほんとにストーカーだよね。




しかもあのスピード。



逃げ切れる自信ない。



でも、でも、こわっ。



「きゃっ」



速攻で目の前まできた金髪。短髪で



細身で、うわ。ピアスがたくさん。



耳だけじゃなくて、



くちびるにもピアス。



「なに?」



聞いてくる舌にもピアスが見えた。


っっ。


いつもなら




今までの萌なら、こんなときは



気付いてないふりシカトか




おもいきり嫌そうな顔して逃げてたけど、




ほんとは今も逃げ出したいけど



何とか思いとどまる。




だって。



ここで、



アラタくんに



大丈夫なとこ見せなきゃじゃん?



が、がんばれ。萌!



「あ、あの。あ、アラタくんの」



金髪のジロジロと無遠慮な視線に



負けそうになるっ。



萌の言葉の途中で



「なんだ。アラタのか」そう言って



「おいで」ってスタスタ歩きだすから



萌も



「あ、あの。…はい」って、



遅れてついていく。



「アラタの彼女?」



「え?、いや。



と、友だちです」




「マジ?友だち?



彼氏いる?」



「…いない、ですけど」



「じゃあ、今度遊ぼうよ。



携帯教えて」



いやっ。軽っ。



このひと、胸ばっか見てるし…



あー、でも、こんなとき、どうするのが



正解?。



気まずくならないように…



ともだち…に成れる気はしないけど



軽くノリで返すには……?




今まで無視しかしてこなかったから



全然わかんないよーっぅ。



あ。



金髪の向こうにアラタくんが見えて



ほっ。っと安心する萌。



でも、



あ。




アラタくん。



今、嫌そうな顔した。



一瞬だったけど。




わたしに気づいて、嫌そうなかお…



ズキン。胸が痛む。



「萌?どうしたの?」



急いでアラタくんが来てくれるけど。



「あ、あの早く終わったから…」



萌は、そう言いながら



やだな。わたしってば



これだけで



何か…泣きそう。



来たら、行けなかったのかな。



迷惑だった?



わたしはいつも



アラタくんが来てくれて



…嬉しくて。




アラタくんもそう思ってくれるかな。




なんて、自惚れてたのかな。



ズキズキ。痛い。



その横で金髪が



「萌ちゃんね。ケーバンは?」



って、自分の携帯に登録してる。




う、どうしよう。ケーバンなんて




ぜったい教えたくない。




でも、アラタくんに



他のオトコの子ともトモダチに




なれるもんっ。なんて言ったばかりだし



ここでノリよく?




友だち作れるよって、しないと?



でも、どうやって?



萌が迷ってると




クイっ。って



萌の腕は引かれて



萌はアラタくんのそば。




「おれのだよ」



アラタくんが言った。



え?



萌はアラタくんを見上げたけど



見えるのはアラタくんの横顔が少しだけ。




表情が見えないよ…。



「なんだよ。やっぱおまえのかよ。



おもしんねーっ。」



金髪がそう言ったとき。



「あれー、だれ?」



おんなのひとの声。



スタンドの室内から



ドアを、開けて出てきたのは



事務服姿のきれいな女のひと。



23、4歳くらい?



ネックレスが揺れる



ベストの下の空いたシャツの胸もとも



黒のひざ丈スカートから伸びる



ストッキングに包まれた足も




何か、全体的に大人の女のひとって



感じで。すごく色っぽい。



「こんばんは。



えーっと、



アラタくんの彼女かな?」



ニッコリ笑って



その人が、言った。



あ、っと、どうしよ。



「いや。違うんです。わたしはただ、



えっと、



友だちで…す」

 

わたしってば、バイト中に



アラタくんに迷惑かけちゃってる?



「ミサキさーん。



そうっすよー。アラタのっすよー。



どうします?生意気だから



あのコンビニ店員事件バラします?」



横からうるさい金髪。



コンビニ店員事件?



なに?ちょっと聞いてみたいけど。



「いや、ほんと違うくて。



わたしはただの」



萌がワタワタ言おうとすると、




「彼女じゃねえよ。



ただの友だちだよ」




アラタくんが言った。



そのいつものアラタくんっぽくない




低めのトーンと、



怒ったような表情に



一瞬



シーンって、まわりが静かになった。





「おまえ、ミサキさんに



タメ口かよ」って、



金髪のツッコミに、



「あ、口がすべった。



すんません。



お前がギャーギャーうるせえからっ」




って、軽くミサキさんにペコって



頭下げて



ふざけ出す2人。




さっきのが嘘みたいに



いつものアラタくんだ…。



びっくりした。



アラタくんのあんな顔。




初めて会ったとき以来?



ミサキさんに



何か耳元で言われて、



アラタくんは何て答えたのか



ミサキさんに



頭クシャクシャってされて




萌の好きなあの笑顔で



笑っている。



振り返ったアラタくんが




「萌!



もうちょっとで終わるから。



そっちで待ってて」



そう言った。