「はー。」



紅葉ははらりと



顔に落ちてきた髪の毛をかき上げた。



大きなため息と一緒に。



校則もあって、いつもは後ろでまとめている




髪の毛が顔まわりでうっとうしい。



なんか…



なにもやる気にならなくて、




下ろしたままの髪の毛。




ため息ばっかり出て。




こんなこと…




こんな気持ち。




萌にだって、相談できないよ。




紅葉は重い足取りで、学校の階段をのぼる。




だって…




自分でもわからないもん。





何が



何で



こんなに憂鬱で




何でこんなにしめつけられるみたいに




胸が痛いのか…。







ひとりで舞い上がって



また同じこと繰り返したから?




わたしは



奏ちゃんのこと




好きなのに




奏ちゃんはそうじゃなかったから?




それとも



ただ、そういう…



みじめな自分が、悲しいから?




どれも当たってるようで




コトバにすると




きっと




紅葉のココロの中とは違う気がして





下ばっか見て歩いていた紅葉は




いつの間にか教室の前。




その紅葉のクラスの教室の入り口。




ドアから隠れるようにクラスを




覗き込む子がいる。




制服のスカートもギリギリまで短くて




カールのかかったチャパツのロングヘア。




うちみたいな進学校には



めずらしいその派手な後ろ姿。








ゆり?




萌と仲良くなるきっかけになった



あの〝イタイ〝発言



ゆりじゃん。



「おはよ。ゆり?」



紅葉が声をかける。



そういや、最近よくゆり見るな。



ここで(教室)。



ゆりとは



1年とき同じクラスで、



2年から紅葉たち進学組と就職組のゆりは



教室離れてるどころか、校舎まで



違うのに。



「わっ。紅葉。


おはよ」



ん?泣いていないか。ゆり。




お化粧バッチリなゆりの目元は



マスカラがにじんでいる。




「…どうしたの?大丈夫?」




紅葉のその心配そうな声に



もっと泣き顔になるゆり。




「うち…鈴木に迷惑って



言われちゃって…」




え?鈴木?




紅葉は教室に視線を送る。




あの



今も小難しそうな本読んでる




メガネかけた黒髪七三ばりの




うちのクラスの学年1位の




まじめの代表みたいな




あの鈴木?




え、どういうこと?




ゆりが…




鈴木を



好き…とか?




え?本気?



本泣きになりつつあるゆりに



「なんか、意外すぎて…



え、だってさ、ゆり。



付き合うひとは、ケンカ強くて



…クルマ持ちじゃないと嫌だから




とか言ってて」



ここで紅葉は声を小さくして




「実際、年上の彼氏ばっかだったじゃん。



お金持ち限定とか言って」




だから紅葉はゆりのとこ




マジで



イタイヤツって思ってた。




なのに、



涙こぼす



ゆりが言った。





「だって




まだ、鈴木と出会ってなかったんだもん」




ドキん。




なぜか紅葉の




胸が音をたてた。




紅葉の知らない



鈴木とゆりの



2人のストーリーを




ゆりが、涙ながらに喋る。




「うちだって、わかってるんだ…。




鈴木とうちじゃ



釣り合わないって。



この高校にだってまぐれで、




補欠合格したようなうちを




鈴木が相手にしてくれるわけないって。」




ハラハラ。




こぼれるゆりの涙。



やっぱり紅葉の胸は…




なぜか




すごく、震えてて。



「でも…




何の関係もない、そんなバカなうちのこと




鈴木が助けてくれたりするから




…すきになっちゃったんだもん。」




ゆりのことばは素直で。




「ダメもとでも




あきらめたくなくて…




あきらめられないんだもん。




鈴木が好きなのに。



がんばってるのに、




がんばりたいのに…




迷惑だって言われたら…




うち、どうしたらいいの」




ポロリ、ポロリ。



鈴木がすきだと



泣きじゃくるゆり。



人目なんか気にしなくて



「なにあれ」「人の教室でめいわくー」




なんて意地悪なことば




ゆりには聞こえてなくて。



でも、紅葉はそんな



ゆりが



ゆりの涙がきれいで



鈴木が好きだって泣くゆりは




かわいくて。




うらやましかった。



なんでか、紅葉の目元もあつくなってしまう。




「泣かないでよ」




2人の背後からオトコの子の戸惑った声。




いつの間にかドア口に来ていた鈴木が




言った。





「中曽根さん。(ゆりの名字)




…泣かないでよ」





「僕は、中曽根さんがあんまりにも




自分のこと差し置いて




僕のためにいろいろしてくれるから




心配なんだよ…」




どうやら、いいフインキの



ゆりと鈴木。




紅葉はなぜか




そんな2人から回れ右して




一歩二歩と




教室を離れた。



ずっと心臓が、震えて




涙が出そうで…




だけど、紅葉は思う。




きっと



紅葉の頬を流れるのは




ゆりのきれいな涙とは違うんだ。




なぜか



…そう、ビンタされたような気分。



だって、




わたしはただ、




欲しがってただけだって




気付かされてしまったから。




ゆりのことも




発言とか



たぶん、外見だけで




イタイ子だって




決めつけてた。




軽蔑さえしてた。




本気で恋して



素直に鈴木にぶつかれる



ゆりは、



私なんかよりよっぽど純粋で




可愛いかったのに。




自分が恥ずかしくなったの。



だって、わたし



一度だってがんばったの?



奏ちゃんに




「好き」



そう言った?




『好きだとさえ言われてない』



って、自分が欲しがるばかりで



わたしは




1度も伝えてないじゃん。




頑張ろうとさえしなかった。




私は自分が傷つきたくなくて




傷つくのこわくて




自分が傷つく前に



傷つけたの?




男なんて、若業なんてって、




そんな



傷つけられた過去を防御壁にして




みじめになりたくなくて




自分のプライド守ったの。




『オトコは傷つかないとでも思ってんの』




奏ちゃんのあのコトバ。



ほんとは、あのコトバが



奏ちゃんの表情が、




ずっと胸を痛くしてた。




奏ちゃんを傷つけたって、わかってたから。



紅葉はみんなの流れと逆に歩いて、



電車に乗った。




…どうする?



…わたし、どうしたい?




わたし



奏ちゃんに…会いたい。