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 ――それは堀田(ほった)美咲(みさき)にとって,まさに"青天(せいてん)霹靂(へきれき)としかいいようのない出来事だった。
「――堀田さん,……ちょっといいかな?」
 アルバイト先であるカフェでの勤務中に,店長の大橋(おおはし)から声をかけられたのは,二〇歳(ハタチ)になって間もない四月(なか)ばのこと。
「はい。何ですか?」
 美咲はレジで女性客三人グループの会計の対応をしていたが,手が()いたので彼と一緒に店のバックヤードまでついて行った。
 大橋店長はまだ二十五(さい)。この大手カフェチェーンの正社員として大卒で入社し,美咲が高卒でアルバイトを始めた昨年の四月に店長として着任してきた。
 顔がイケメンで(本人(いわ)く、(ぼう)人気若手俳優に似ている……らしい),スラっとした細身のシルエットなので,店の女性客からも女性スタッフからもモテる。
 ただ,美咲には全然その気はないのだが。
 今は恋愛よりも,まず生きていくことが大事なのだ。恋愛()()()にうつつを抜かしている場合ではないのである。
 ――それはさておき。
(あたし,なんで呼ばれたんだろう?)
 美咲は大橋店長の後ろで,こっそり首を(かし)げた。
 働き始めて一年,自分では(とが)められる理由は何ひとつないと思っている。
 少し茶色がかっているロングヘア―(ちなみに地毛(じげ)である)は仕事中ちゃんと束ねているし,その他の身だしなみもキチンと守っている。
 それに,仕事だって真面目(マジメ)にやっている。
お客様とトラブルを起こしたことは一度もないし,他のスタッフとの人間関係も良好だ。
 だから,マイナスな原因で呼ばれる理由に全く心当たりがないのだが……。
 気になったのは,彼の表情だった。
 困っているような,それでいて美咲のことを(あわ)れんでいるような表情を見せられたら,いい理由で呼ばれたとはどうしても考えにくいのだ。