※※※




「私、いちご練乳かき氷ー!」
「ご飯は?」
「いらなーい」
「後で腹減ったとか言うなよ?」

 私をジロリと見たお兄ちゃんは、そう告げるとひぃくんと一緒にレジへと歩いて行く。

 遊び疲れた私達は、数件ある海の家から一番近場を選ぶと、四人で昼食を取る為に店内へと入った。

 皆が焼きそばだのカレーだのと言っている中、私だけかき氷を頼むとお兄ちゃんは呆れた顔をしていた。

(暑くて食べる気しないんだもん……。よく皆食べれるよね)

 適当に空いている席に座ると、お兄ちゃん達の後ろ姿を眺める。

(あ……。また女の人に逆ナンされてるし)

「声掛けられすぎ……」

 私は小さく溜息を吐くとポツリと呟いた。

 男二人になった途端にこれだ。
 本当に二人はよくモテる。

「二人ともイケメンだからね……」

 私の目の前に座った彩奈は小さくそう呟くと、お兄ちゃん達の後ろ姿を見つめて目を細めた。

(何だかさっきから彩奈の様子がおかしい気がする……)

 そう思いながらも、再びお兄ちゃん達へと視線を戻す。

 何やら女の人達と話しているお兄ちゃん達。
 よく見ると、お兄ちゃんの腕に自分の腕を絡ませて胸を押し付けている。

(随分と積極的なお姉さんだなぁ……凄い)

 唖然として眺めていると、突然ひぃくんがこちらを振り返ってヒラヒラと手を振り始めた。

(え!? ……な、何?)

 そう思いながらも小さく手を振り返してみる。
 すると、私達の方を見た女の人達が残念そうな顔をして去って行った。

(あ……ナンパ避け? 取り敢えず役に立てたんなら良かった)

 ホッとしたのと同時に、早くかき氷が食べたくなる。

「お兄ちゃーん! かき氷ぃー!」

 お兄ちゃんへ向けてそう催促をする。

(暑いから早くかき氷が食べたい。さっさと買ってきて)

 そんな自己中な事を考えていた私。

 お兄ちゃんは呆れた様な顔をすると、クルリと背を向けて今度こそレジへと向かって歩き出した。

「兄使いが荒いわね」

 チラリと私を見た彩奈は、そう言うと呆れたように溜息を吐く。

「だって暑くて……」

 私は彩奈に向けてそう言うと、エヘヘッと笑ってごまかした。



 ※※※



「んーっ! 冷たくて美味しぃー!」

 お兄ちゃんが買ってきてくれたかき氷を頬張りながら、両頬を包んで身悶える。

 火照った身体に冷えた氷が染み込むようで、予想以上にかき氷が美味しく思えた。

「良かったねー」

 私の隣でひぃくんが嬉しそうに微笑む。

 ひぃくんの目の前に置かれたカレー見ると、何だか私も食べたくなってきた。

(……やっぱりご飯も買ってきてもらえば良かったかも。美味しそう……)

「カレー食べる?」

 ジッと見ていた私に気付いたのか、ひぃくんはそう言うとクスリと笑った。

「えっ! いいの!?」
「だから言っただろ……」

 喜びに瞳を輝かせる私に向けて、呆れ顔のお兄ちゃんは溜息混じりにそう告げる。

(だって……。あの時は食べたいと思わなかったんだもん)

「いいよー。はい、あーん」

 ひぃくんから差し出されたスプーンにパクッと食いつくと、辛すぎないカレーが口の中いっぱいに広がった。

(あーなんて幸せなんだろう……。海で食べるカレーってこんなに美味しいんだね。頬っぺた落ちそう……)

 思わず顔がニヤける。

「幸せぇー」
「花音可愛いー。もう一口食べる?」
「うんっ!」
「はい、あーん」

 あまりの美味しさに、お兄ちゃんと彩奈が目の前にいる事も忘れる。

 私はひぃくんから差し出されたスプーンにパクリと食いつくと、美味しいカレーを頬張った。

「……響さん。何だかいつにも増して花音にベッタリな気が……」

 私達を見つめる彩奈にそんなことわ言われ、ハッと我に返った私は口元を抑えた。

(つい、素直に食べてしまった……。何やってるの、私……これじゃただのバカップルだよ)

「んー? だって花音は俺のお嫁さんだからねー」

 彩奈を見てニッコリと微笑むひぃくん。

「え……? それって、付き合ってるって事?」
「そうだよー」

 彩奈からの質問に笑顔でそう答えるひぃくん。

(えっ!? まだその設定続いてたの!?)

「ひ、ひぃくん……。もうその設定はいらないよ?」

 困った様に笑いながらそう告げると、ひぃくんは途端に悲しそうな顔をする。
 それを見て思わずギョッとする私。

(えっ……。私、何か悪い事言った?)

「花音っ……。離婚だなんて言わないでよー!」

 ウルウルと瞳を潤わせたひぃくんは、そう言うと私を抱きしめた。

(え……? 何それ……)

「……お前ら、いつから付き合ってたわけ?」

 その声に視線を向けると、何だかドス黒いオーラを漂わせたお兄ちゃんが……。
 私をジロリと見ている。

「つ、つっ、付き合ってなんかないよっ!」
「付き合ってるよーー!!」

(や、やめてひぃくん! お兄ちゃんが誤解するからぁー!)

 付き合っていないと言う私の横で、ひぃくんは私を抱きしめながら付き合っていると言う。

 本当にやめて欲しい。
 お兄ちゃんの顔がどんどん鬼になってきてることに気付いて!

 私に抱きつくひぃくんを退けようとするも、ひぃくんの力が強すぎて退けられない。

(鬼が……っ。鬼がぁー!!)

「え……。で、どっちなの? 付き合ってるの? 付き合ってないの?」

 少し呆れた様な顔で質問をする彩奈。

「付き合ってないよー!」
「付き合ってるよー!」
「もう、やめてよひぃくん! 嘘付かないでっ!」
「嘘じゃないよー!! 花音酷いよー!!」

 大きな声でそう言ったひぃくんは、私に抱きついたままメソメソと泣き始めた。

(えー……。何か、私が悪者……なの? 何で泣くのよ……)

 そんな私達に呆れた彩奈が、小さく溜息を吐くと口を開いた。

「うん、わかった。じゃあ……響さん。花音とはいつから付き合ってるの?」

(……え!? 付き合ってないよ! 彩奈!)

 そう思いながら彩奈を見ると、いいからお前は黙っとけって顔をされる。

(そんなに怖い顔しなくても……)

 仕方ないので素直に黙って見守る私。

「体育祭の時。花音がお嫁に来てくれるって言ってた……」

(え……。えっ!? あ、あの時の!?)

 私は数ヶ月前の出来事を思い出す。
 確か、ひぃくんが告白されたと聞いて、私がどうなったのか尋ねたやつ……。

 気になるって事は俺の事が好きだって事だと言われて……。

 そこまで思い出すと、一気に顔が熱くなる。

(いっ、いやいやいや! 私、別にひぃくんの事好きじゃないし! ……うん、断じて違う! えっ、待って……。あれで付き合う事になっちゃうものなの……? それが普通なの?)

 交際経験のない私にはさっぱりわからない。
 チラリとお兄ちゃんの方を見ると、興味がなくなったのか平然として焼きそばを食べている。

(え……。わからない……誰か教えて)

 彩奈を見ると、真っ赤になっているのであろう私の顔を見てフッと笑うと、自分の焼きそばを食べ始めてしまった。

(え? え?! その笑いはどういう意味?!)

 一人でパニックになる私。

「……花音。体育祭の事覚えてないの?」

 メソメソと涙を流し続けるひぃくんが私の顔を覗き込む。

「覚えてる……、けど」

(あれで彼女になっちゃうものなの……?)

 ……私にはよくわからない。

「花音は俺のお嫁さんだよ? 彼女だからね? 絶対に離婚なんてしないっ!」

 ひぃくんはそれだけ告げると、私に抱きついたまま更にメソメソと涙を流し始める。

(え……。やっぱり……私、ひぃくんの彼女なの? そうなの?)

 最近やたらとスキンシップの激しくなったひぃくんを思い出す。

 確か、ケーキを食べていた時は口を舐められた。
 さっきだって、「あーん」なんて、普通に喜んで食べてしまった……。

 私は呆然としたままゆっくりとテーブルへ視線を移した。
 私の手に握られたかき氷の器が汗をかき、冷んやりとした水滴が指を伝ってポタリとテーブルへ落ちた。

(そっか……。私、彼女だったんだ……。あれで彼女になっちゃうんだ……知らなかったよ……)

 メソメソと泣きながら抱きついてくるひぃくんをそのままに、私はテーブルにできたいくつもの水滴を見つめながら、ただ、呆然とそんな事を考えていたーー。