「夏休みなんてなくなれば良いのに」
私が呟くと、「んあ?」と情けない声を出して洋介が反応する。
「なんで?」
「だって、暇」
「笑える」
「暇だからってそこまで言うか? いや言わないな」となぜか反語法を使って洋介が言う。
「なんなら、俺が暇だなんて言えないくらいべとべとに愛してあげようか?」
「…なに、今は愛してないって言いたいの? 高嶺の花の私を…この私を、愛せないとでも?」
「はいはい、赤くなった高嶺の花もかわいいですねー」
「赤くなってないけど!! かわいいのは認める! だって私だもん!」
「声でかくなってますよー」
あーうるさいぃぃ。
「ところで、宿題どれくらい出た? 私は国語と数学しか発表されてないけど多すぎてヤバい」
「ん? 死ぬくらい」
「…たわけ」
「それの意味知らん」
無知は便利ですねはいはい。
「せんぱーい、洋介先輩…。あ、イチャラブ中? に失礼します」
「ノー、ノットいちゃらぶー」
「英語の文法くらいちゃんと使えないの?」
まあ、私も使えないけど。でも、仮にも私の先輩なら少しは頭良いとこ見せてくれてもいいと思うんだけど。
「まず自分が使えるようになってから言え。口だけ花」
「たわけの意味も知らない奴に言われたくはないな」
「イチャラブしてるじゃないですか。先輩、今日の昼は先生から夏の合宿の説明があるので来てくださいねって言ったじゃないですか。変な英語使うくらいなら少しは申し訳なさそうにしてください。連れ戻すの、あたしなんですからね」
「アイドントスピィクジャァパニィズ」
「何その伸ばし方。気持ち悪い」
「みゆ先輩の言う通りです。頭、元々おかしかったですけれど更にイカレちゃいました?」
あ、名前知らないんだ。私の名前、『みゆ』だと勘違いしてる感じ? でも、『みゆ』って呼ぶのは洋介だけだから、部活でも私のこと話してるのかな。だとしたら、嬉しいけど、ちょっとこそばゆい。
…ってか、後輩にすごい言われよう。
「申し訳なくはありません。わざとだもん。毎年同じ話しかしないし」
「それでも来てください。てか、1年生に連れ戻される先輩ってどうなんですか。ほら、行きますよ。…みゆ先輩、失礼しました」
丁寧に、私に頭まで下げて、後輩ちゃんは洋介を(まるで引きずるかのように)連れて行く。
「うん、こちらこそ私のアタオカ彼氏がごめんね」
「アタオカ…」
後輩ちゃんと洋介が出て行く。
てか、ほんとに後輩ちゃんの言う通り、1年生に連れ戻される3年ってどうなんだろ。
そう思って頬が緩みそうになったので、慌てて堪える。危ない危ない。クラスの誰かとかに見られてて、『あいつ彼氏できたら笑うようになった』だなんて言われたら高嶺の花のイメージが霞んじゃう。柄じゃないし。
「はぁ……」
笑いを堪えると今度はため息が出た。情緒不安定かよ、とまた笑いそうになって堪えると、またため息が出た。
「…」
洋介のいない屋上にいつまでも座っていても意味がないので、ゆっくりと立ち上がってフェンスに寄りかかる。私の体重を受けて、フェンスがミシ、と音を立てて凹む。思ってより凹んだので、思わずよろけそうになる。
「……」
フェンスに寄りかかるのは危ないなと思って、壁際に寄って寄りかかる。日差しが暑かったから、右に一歩ずれる。
「……今年も、独りぼっちの夏休みかな」
あいつは合宿あるし。アゲちゃんは宇宙に帰還…じゃなくて実家に帰省するらしいし。
そもそも、あいつは宿題だけじゃなくて受験勉強もあるし。
お母さんも多分、仕事漬けで私に構う暇なんてないだろうな。
「…休みなんて嫌い」
独りぼっちもチャラ男も父親も嫌い。
「夏休みなんて大嫌い」
夏休みさえなければ———。
———きっと、あいつを一人占めできるのに。