美紅は箸を持つ手を止め、佐和子を見た。


「おねえちゃん、なに言ってるの? これからだって食べられるでしょ?」


短大を卒業した美紅は、姉の経営する店で働いている。
ひとり暮らしを両親に強く反対され、佐和子と一緒ならと許してもらえたのは二年前の話。美紅がここを出ていかない限り、手料理を食べられなくなる事態にはならない。

それなのに〝食べられなくなる〟とは、いったいどういう意味だろう。

不思議そうにする美紅を前に佐和子は箸を置き、お尻をもぞもぞと動かして居住まいを正した。
改まってなんだろうかと、そんな仕草が美紅を緊張させる。


「じつはね……結婚するの」
「えぇ!? 結婚!?」


神妙な表情の佐和子から、とんでもない言葉が飛び出した。結婚とはただならぬ事態だ。

佐和子に彼氏がいるのは知っている。美しく聡明な佐和子は少女時代からモテモテで、恋愛に事欠かない人生を送ってきたのも知っている。

でも彼女は、『私は結婚に向かないから一生しないの』と常々言っていたのだ。