伝説のあの日、何万人の前で歌ったのは2曲。
ゲストとして迎えてくれたバンドの代表的な1曲と、咲名が愛した他のバンドの曲。


昔からよく一緒に音楽を楽しんだ仲間として、その曲を作った人を兄貴と慕ったそのバンド。


メンバーに恵まれず、加入や脱退を繰り返したせいでライブは当然リリースもままならなくなって、悔やまれながらも解散してしまったのだが。


結成から最後まで愛される曲を作り続けたのは咲名の父親。
世界的に有名かと言えば一歩及ばず、日本でいえば余程好きなら耳にした事がある、そんな立ち位置。


メンバーには恵まれなかったのに仲間には恵まれたから、コラボや曲の提供で生計を立てれていたのにある日突然表舞台から姿を消して。


その後一年もしないうちに、この世から旅立ってしまった。


他の誰にも歌わせない、カバーは許されない、リリースして他の媒体で凡庸させる事すらなかった《ある一曲》を、一度だけステージで歌うことを許した事がある。


それがあの日咲名が歌ったあの曲。
許されたと言っても、サプライズではあったから前もっての許可なんて取られなかったけど。


作った本人さえ願った、咲名がその曲を歌う姿。
泣いて喜ぶ姿を見た周りの人間は、その日を境に解禁されたと。


ネット配信や世界に発信される音楽番組でそのシーンが使われたし、なにより世界的に有名なバンドがその時だけはバックバンドと化したのだから。


その界隈で、それはそれは話題になった。
もしかしたらあの曲を異国の少女がリリースするかもしれないとか、あのバンドがバックバンドになってしまう程の名曲をこれからはもっと聞けるかもしれないとか。


どれも叶うことが無い、絵空事になってしまった。


どれだけ凄いことをやってのけたのか、その当人達はどこまでも無頓着で、無関心のせい。


充分楽しんだと解散してしまっただけはある、そりゃそうだあの曲を大舞台で演奏出来たんだから、なんて声だって知らん顔で、今でも呑気にパブで飲み散らかしてるらしいレジェンド達。