まとわりついたインクのにおいを追い払うように、そそくさと工場をあとにした。
おぼつかない足取りの俺を、女の子が小さな体で支えてくれる。
あのときと逆だな。
「よく場所がわかったな?」
「おしえてくれたんだ」
「誰が?」
「まだナイショ〜」
「なんだそれ」
場所だけじゃなく、タイミングもばっちりだった。
ヤクザの情報網か? おそるべし。
「あのね、もう手続きとかもすんでるから安心してね」
「へ?」
「ウチ、みんなかんげいムードなんだよ!」
「そ、そっか……」
そっか。俺も晴れてヤクザの一員……?
こんな展開あるか?
思ってもみなかった。俺の人生計画が総崩れだ。
……あぁ、最高だよ、ほんとに。
「これからずっといっしょだね!」
「そうなるな」
「たっくさんあそべるね!」
「それしか頭にねぇのかよ」
腹いっぱい笑ってしまった。
傷に響いても、笑いが止まらなかった。
笑いたくて仕方なかった。
「そうだ! お兄さんの名前、聞こうと思ってたんだ!」
「俺? 俺は……」
「おれは?」
「……へいごろう。兵吾朗っていうんだ」
苗字は捨てた。
名前も捨てようと思ったけど、これはとっておく。
俺の人生。俺の世界。
これから続いていくなら、これまでも背負っていく。
忘れない。
なかったことになんかしてやんない。
弱さも傷も、罪も罰も、血だらけな夜も。
ずっと、愛して憎むよ。
「ヘイゴロウ! よろしく!」
「よろしく……って、呼び捨てかよ」
この助けられた命。
ぜんぶ、君にあげてもいいか。
俺が俺の名前を好きになれるくらい、呼んでくれよ、俺のこと。



