暴走のトリガーだったのは、あたしでも、敵でもない。
魁運の、感情だった。
スイレンさんの話を聞いて、何も感じなかったと言っていたけれど、気づかなかっただけ。
自分でも知らないうちに、怒りを、悲しみを、根底に沈めていた。
どんなに封じ込めても、鍵をかけても、幸せで満ちていても。
ひとたび負の感情であふれかえってしまえば。
スイレンさんの霊力を操り、暴れてしまう。
我を忘れてしまうほどに。
見えないところについていただけで、それくらい大きな傷だった。
「魁運、気づくのが遅くなってごめんね」
「……っ」
魁運はまだ気づいてない?
真っ黒い苦しさ。
みんな泣いてることも。
うん、今は、気づけなくてもいいよ。
苦痛を苦痛だと知らずに苦しんでいてもいい。
あたし、あなたを救えなくたっていいの。
「怒ってよ。泣いてよ。……そばにいるから」
怒ったあなたも、泣くあなたも、好きで、大好きで。
ただ、そばで、守っていきたい。
あわよくばこれ以上苦しんでほしくない、だけ。
だから、どうか。
自分の感情で、自分自身を傷つけてしまわないで。
それならせめて、ぶつけにおいで。
丸ごと受け止められるよ。
だって、ほら。
あなたはこんなにも愛されてる。
ずっと、ずっと。
「……ひ、とみ……」
「魁運?」
「……っ、ひとみ、」
小瓶を包む手に、ふわり、温もりが伝う。
「ひとみ……ひとみ……!」
「うん、あたしだよ。あたし“たち”がいるよ」
魁運だ。
いとしくてたまらない、魁運の声だ。



