腕時計を見るともう、夜の九時だ。戻ってきた糸くんは、続きを話し始める。
「まあ、でも。あれと全く一緒っていうのは難しくて、まだまだ試作中なんです」
「熱心だね」
「それが仕事ですから」
彼はそつなく言っているが、その熱心さが人を惹きつけるのだ。
二代目のレッテルがありながらも、臆することなく努力できる。
そこが彼の素晴らしいところだ。
「そう言えば、二日まえくらいに雑誌にヴァン・ダインの紹介が載ってたよね。
確か……隠れ家的喫茶店って雑誌だったかな」
「あれ、見てくれたんですか」
「うん。よくあの雑誌で喫茶店探しとかするから、糸くんのお店が載ってたのをたまたま見つけて」
「へえ………それは聞き捨てならないですね」
「え? どこが!?」
「僕の店をないがしろにして、他所で浮気してるんですか」
「ええ?」
糸くんは面白くなさそうに言う。
こういう、よく分からない、からかいに私は度々たじろぐ。
なんて言えばいいのやら。



