翌日、休憩時間になって「あ、」と思い出した。
昨日、ヴァン・ダインに小説を置き忘れて来てしまっていたのだ。
ホットサンドに夢中になりすぎて、年季の入った大切な小説を忘れるなんて。
施設の中庭で、喫茶に電話をかける。すぐに糸くんが出た。
はじめは落ち着いた声だったのだけれど、私だと分かると、
「ああ、やっぱり。野間さんのだったんですね」と納得したようだった。
私が何も言わずとも電話の意図を汲んでくれた。
「そうなの。昨日鞄に仕舞うの忘れちゃって」
「それなら、ちゃんと保管してますよ」
「ありがとう!」
「そもそも、あの席に座るの、野間さんしかいないですから」
「え?」それは一体どういうこと?
「いえ、お気になさらず、こっちの話です」
糸くんは言及されないように、はぐらかす。
聞いても、答えてくれない。
あれかな、端のカウンター席は、人気がないという事かな。



