……
…………。

潮風にのって、煙たいような、ツンとする匂いが鼻に届く。

私の左手を握っていた(げつ)の手から力が抜けて、トサッ、という音が聴こえたと思ったら……。彼が、砂浜に横たわっていた。

「……。(げつ)?」

そっと呼びかける。
でも、彼はピクリとも動かない。

「……ねぇ?っ……(げつ)?」

砂浜に両膝を着いて、身体を揺する。
でも、彼は力無く横たわったまま。

「っ……(げつ)ッ?ねぇ!(げつ)ッ……ーーっ!?」

名前を呼びながら、抱き起こした。
自分の手に感じる、生温かい、ヌルっとしたもの。視線をやると、私の手は真っ赤に染まっていた。

その、真っ赤な……。血液が流れている場所に、目を移す。
そこは、(げつ)の、左胸。そこから止めどなく溢れ出す血液が、彼の衣服を染め、抱いている私の事も赤く染めていくーー。


「……駆け落ちごっこは楽しかったかい?月姫(つきひめ)

(げつ)の血液とは反対に、頭の中が真っ白な私に掛けられた声。
それは一度聴いただけだけど、忘れもしない、”敵”の声。