「だから絶対ここから出てくるだろうって踏んでいたんだ。でも、待ちくたびれた。俺の勘を舐めないでよ、凪」
男はとても愉しげに、どこか芝居がかったように声を弾ませた。
「……剣崎」
白坂くんが呟いたその名に、全身が震えた。
……あの男がいるの?
「会いたかったよ、愛しい逃走者──」
「気持ち悪いから口を開くな」
「ずいぶんと冷たいなぁ? 見ろよ凪。お前に折られた俺の腕、やぁっとくっついたんだよ?」
左方面から聞こえる剣崎という男の声に、私の身体はじっとりと汗をかいていく。
「わざわざそんなこと言いにきたのか? 他の族と違って、お前はタチが悪すぎるだろ」
「凪には負けるよ。そういや、先日はウチの連中が暴れて悪かったな?」
「お前が送り込んだんだろう。白々しい」
「そう、俺だよ? 情報収集は一番にってな?コレ、親父の教えなんだけど……あぁ、その子か?」
この状況には似つかわしくないうっとりとした声で剣崎が言った。
ヒヤッとして、胃の底が浮いた。



