私はあいつを絶対に好きにならない

 コンペ当日。各部署から代表者が発表する中、私は極度の緊張と共に順番を待つ。

こういうのは、課長とかもっと上の喋り慣れた人がやればいいのに。何で今年主任になったばかりの私にやらせるのよ。ああ、胃が痛い……

 隣に座る柏崎は緊張など微塵も感じさせず、笑顔を浮かべる余裕まである。

くそ〜!
悔しい〜!!
こいつには絶対、負けられない。


 煮詰まった私が髪をかきむしろうとした時、ガシッと手首を掴まれた。

な、何!?

私が顔を向けると、柏崎が真剣な目をしてこちらを見てる。かと思うと、スッと顔を寄せて、耳元で囁いた。

「今から発表だろ?
 いつもみたいに髪をボザボサにして前に
 立つ気か?
 今は、やめておけ」

そう言うと、私の手首をそっと離して、今度は頭に手を置いた。

「佐山なら大丈夫だから、落ち着いていけ」

そのままスーッと後頭部まで撫で下ろして離れていく。

なんだろう。

悔しいけど、少し落ち着いた気がする。



 私は、柏崎のおかげだとは思いたくないけど、思った以上に落ち着いて説明できた。



 私の案はカジュアルなジュエリーの展開。

 うちは、よくも悪くも高級ブランドのイメージが強く、セレブ客と婚礼用が売り上げの大半を締める。

 だから、比較的安価な商品展開をし、誕生日やクリスマスなどのプレゼントに利用してもらおうという企画だ。ただ、それで終わってしまっては、意味がない。同時にカジュアル商品と類似デザインの高額商品も展開する。プレゼントを買っていただく際に、お揃いで付けられる婚約指輪を提示しておいて、そのカップルが結婚を決めた時、真っ先にうちに来て高額商品の婚約指輪を買っていただけるようにする…というものだ。

 質疑応答では、ブランドイメージが崩れるなどの意見が出されたが、事前のアンケートやマーケティングの資料を示すことで乗り越えられたと思う。


 私が席に戻る途中、次の発表に向かう柏崎とすれ違った。

「良かったぞ。がんばったな」

柏崎はそう囁いて、ポンと肩に手を置いた。

その途端、今まで緊張で張り詰めていた糸がふっと緩む。

私はしばらくぶりにようやく呼吸を再開した気分だった。


 柏崎の提案は、無料婚活サポート事業の展開だった。うちの主力商品はやはり婚約指輪と結婚指輪。その売り上げを伸ばすために、結婚相談所のようなことをするらしい。男性には補償金として60万円を一括または分割で納入してもらい、女性は無料で会員になれる。男性の60万円も会費ではなく、婚約指輪と結婚指輪の費用となり、最終的には商品として戻ってくる。60万円以上の指輪を選ぶ際には、その差額分を支払えばいい。 

 その婚活事業にどのくらいの経費がかかるのか分からないけど、もし実現可能なら私なんかのより話題性もあるし、大きな利益を産むと思う。絶対に負けないって思って頑張ったけど、やっぱり私なんかじゃダメなのかな。

 そう思った時、柏崎はこう締めくくった。

「最後に、先程の佐山さんの意見を聞いて、私の
 案との融合が可能なのではないかと
 思いました。婚活中の女性の誕生日や
 クリスマス、また、お付き合い1ヶ月の
 記念日など、婚約指輪を渡すにはまだ早いと
 思われるシチュエーションは多々あると
 思われます。そんな時に、1万から5万円程度の
 商品があり、なおかつ、婚約指輪とセットで
 使えるネックレスやピアスがあれば、
 婚約までの過程をスムーズにする効果があると
 思われます。
 ですから、今回私は、私と佐山さんの意見を
 同時に進めることを提案したいと思います」