「朱、場所を変えよう。ここじゃなくてもいいでしょ」



真剣な顔で私は朱に訴える。
もちろん襖の向こうを意識して小声でだ。



「ここから見る星が1番綺麗でしょ?僕はここがいい」



だけど朱はにっこりと愛らしく笑ったままで珍しく私の意見を聞いてくれない。

普段の朱なら必ずと言っていいほど私の願いを優先させるのに。


いつあの話が始まるかわからない。
もう朱を説得するのは無理だと思った私は1人だけでもここから離れようと足に力を入れた。



「どこに行くの」



離れようとする私の腕を先程より強く朱に握られてその場から動けない。

朱の目が笑っていない気がする。
愛らしい笑顔はいつもと同じなのに。
逃さないと言われているようでそれが私をますます困らせた。


ガタンッ

ガラガラガラッ


襖の向こう側から部屋に誰かが入ってきた音が聞こえてくる。


足音はおそらく2人分。
父と母だろう。


全て杞憂であってくれ。
今日2人があの話をするなんてこんなピンポイントなことある訳がない。



「朱を次期当主にしてください。紅にはその資格はないはずです」

「…っ」



母の聞きたくなかった声が聞こえる。

やっぱり今日だったんだ。



「紅には葉月家の血が流れていません。紅は前妻であるあの女が外で作ってきた子です。貴方の子でさえないのです。そんな子がどうして次期当主になれるのでしょうか」



母の真剣な話が襖越しからでもはっきりと聞こえてくる。
そのはっきりとした声には意志の強さと怒りを感じた。

1度目と全く同じ。



「君が朱を誰よりも大切にしていることは知っている。だからこそ紅が次期当主になるべきだろう。当主とは修羅の道だ。それを愛する我が子に歩ませられるか?」

「…いいえ。朱には幸せに生きて欲しい」

「そうだろう。幸い紅には葉月家の血は流れていないが力はある。彼なら葉月を守れる。血の問題は朱で解決できるだろう」

「そうですね…」



父と母の会話はまだ続いている。
だけどもう聞こえない。受け付けない。

また私の中の何かが壊れた気がした。
わかっていても辛かった。


父と血の繋がりはなく、本当の父親ではないこと。
両親からは愛されていなかったこと。
力だけを頼られ、朱の幸せの為に修羅の道を選ばされたこと。


全てもう一度聞きたい話ではなかった。