スポーティーな外車のクーペからから降り、目の前に広がる海を眺めた。

まだ冬の寒さが残る中、目の前には時分の心情とは裏腹に、凪いだ海が
どこまでも広がっていた。

だが、時折何かに耐えているようにも思える海の様子に自分の心が見せる
幻想だと失笑が漏れた。



10年前の今日、自分が想いを寄せていた彼女は、愛する人の元に旅立って
しまった。

膝下まで伸びる長めの黒いコートのポケットから煙草を一本取り出すと、
愛用のZIPPOで火をつけた。

紫煙を波風にくゆらせながら

“そう言えば、このZIPPOもあいつと彼女の二人にプレゼントされた
ものだった”と思い当たった。


暫く海を眺めながら煙草を吸い終わると、もう片方のポケットから
ベルベットの小箱を取り出した。


小箱から小振りのダイヤのついたリングを眺めながら、この10年を
思い返す。

ここまで自分の気持ちがくるのには、長く苦しい日々だった。

渡すことの叶わなかったリングを再び小箱にしまうと、意を決して
海に向かって思いっきりほおり投げた。


まるで、自分の思いを振り切るように・・・

忘れられない何かと決別するように・・・



小箱は、遠くの波間にあっけなく飲まれていった。