『俺』が出て行って少しして、千波ちゃんが帰って来た。

どうやらすれ違いもしなかったようだ。

「電話で呼び出しがあって帰っちゃった。千波ちゃんにごめんって言ってたよ」

実は、俺たちが来る前に呼び出しかかってたんだよな、『俺』。

ごめんって言葉は『俺』の心の中から抜き取った。

「そっかー。お姉ちゃんの好きなチョコの新作あったから買って来たのに……玲哉くんも一緒に食べちゃおっか!」

その明るさに、思わず頬がゆるんだ。

本当に、前世(まえ)のことは憶えていない千波ちゃん。

憶えていないことが、今の俺には――俺たちには、嬉しい。

哀しい思い出は、少ない方がいいと思うから。

「コーヒー淹れてってくれたんだ。玲哉くんも座ってー」

千波ちゃんにリビングに呼ばれて、ソファに並んで座る。

千波ちゃんがコンビニの袋から出したお菓子を見て、ちょっとだけびっくりした。

「これね、お姉ちゃんがずっと好きなやつなんだ」

そう言って千波ちゃんが封を切ったのが、俺が唯一食べられる甘いものだったから。

……『俺』はずっと、千波ちゃんを守って来たんだ。

大事に、大事に。

いつか俺が『俺』に代わって、その手を引くことが出来るように。

伸ばした手を、ずっと繋いでいられるように。


……俺は『俺』に誓う。

一生、千波ちゃんを愛しぬくと。

今度こそ、離れないと。



END.