梅雨に差し掛かって、そして彼とお付き合いを始めてから数日が経った。

「ねぇ、知ってる?」
「ん? 何が」

 傘を忘れたことを口実に、私たちは相合傘で帰っている。雨特有の香りが街全体を覆い、梅雨ならではの景色が世界を彩っていた。

 ──今日こそは。

 彼との距離を縮めたくて、勇気を振り絞る。

「人の声がいちばんきれいに聴こえるのは、雨の日にさす傘の中なんだって!」
「……いつも通りだけど」

 思わず彼を見る。いつも通り平静な彼は、きっとわたしを意識していないのだと考えた。だから、こうやって平行線を辿ってしまうのだと。

「……そっか」

 ねぇ、手を繋ぎたいな。今日は寄り道したいよ。
 いろんな言葉を考えて、それに返す台詞も考えて。それでもまた、空回ってしまう。

「ごめん」

 彼が謝る。やめて、謝罪なんて聞きたくないよ。それなら、もっと楽しい話をしよう。

 そう、声をかけようとしたら。

「──いっしょにいるとめちゃくちゃ緊張するから、全部が特別に聴こえるだけ」