「西麻布店のシェフなんですが」
西麻布店は、クールブロンの中で二番目に古い店である。老舗ホテルのフレンチレストランでスーシェフを長年務めていたその彼は、クールブロンの募集に応募してきた男だ。
大久保が神妙な表情で先を続ける。
「急きょ退職を願い出て、先月末から欠勤しておりまして」
「代わりは?」
「突然だったものですから、西麻布店のスーシェフが代行しています」
シェフが辞める事案はクールブロンでは初。食材にこだわり腕に見合う報酬のため、満足度が高いからだと隼は自負しているが、いったいなにがあったのか。
「退職の理由は?」
「それが一身上の都合とだけ」
「引き抜きの可能性は?」
「現段階ではなんとも言えません」
引き抜きでないとしたら、ほかにどんな理由があるだろうか。可能性としては体調不良や家族の介護といったところか。
隼は腕を組んで考え込んだ。



