「……あ、ううん、なにもないよ。今戻るところだったの」


すぐに笑顔に切り替えられず、目を泳がせて首を横に振りながらうつむいた。反応の悪い表情筋が恨めしい。


「間もなく開店するよ」
「うん、ありがと」


今は余計なことを考えるのはよそう。マイナスに傾いた気持ちを必死に立てなおして戻ると、店内は開店特有の昂揚感に包まれていた。

十一時目前。隼を囲むようにしてスタッフが結集する。


「いよいよオープン初日。心を込めたおいしいおもてなしでお客様をお迎えしましょう」


スタッフの一人ひとりと順番に目を合わせながら隼が挨拶し、ジャストタイムで店のドアが開かれた。事前のポスティングや取引先関係への案内状、オウンドメディアでの配信の効果だろう。開店時間の十一時とともに並んでいたお客で店内が満席となった。

優莉も注文をとっては機敏に店内を行き来する。隼は厨房が気になるのか、ほぼそちらにつきっきりだった。