静かだ。
時折、風のなびく音がするだけ。
「蘭から、何も聴いてないの?」
一体、蘭はどんなふうに私のことを説明しているのか。
「ぜーんぜん、説明なしだよ。急に『明日から俺の嫁さんが来るからヨロシク』だって。ビックリすぎでしょ!?」
蘭の口調を真似た渚くんの姿が可笑しくて笑ってしまう。
「もしかして、蘭に一目ぼれされて。連れさられちゃったの?」
急に渚くんの目がキラキラと輝き始めた。
きっと、渚くんはロマンチックな話を期待しているに違いない。
「そんなんじゃ、ないよ。蘭は、遠い親戚同士で顔見知りで」
「そうなの!? でも、アイツ。養子なんでしょ」
養子…という言葉に愕然とする。
やっぱり、皆に知れ渡っていることなんだ…。
蘭のご両親には何度か見たことはあるけど。
蘭と全然見た目が違うから。
一発で血が繋がってないというのは、誰が見てもわかることなのだろう。

「私の兄が、蘭の護衛をしていたの。それが縁というか…」
「ゴエイ? 護衛ってもしかして、アズマさん?」
「え、渚くん。お兄様のこと知ってるの?」
他人の口から「アズマ」という言葉が出るとは思わなかった。
「知ってるよー。皆、知ってる。めたんこ、良い人でしょ?」
めたんこ…という聴いたこともない言葉に首を傾げながら。
兄はやっぱり良い人なんだ…と知った。
「へえ。アズマさんとカレンが兄妹だったんだー。知らなかった」
渚くんが大声で言う。
「まあ…。兄繋がりでお嫁さんになったていうだけ」
「じゃあ、やっぱり。蘭がカレンに一目惚れしたってことでしょ? それで権力使って連れさったってコト?」
「…絶対にそれはないよ」
どうも、渚くんはロマンチックな話に持っていきたいらしい。
「うちのお兄様は、蘭を二度も助けたの。自分が負傷してまで…。一度は死にかけて…。だから…蘭はそれを恩に感じていて。好きでもない私を嫁にしてくれただけ」
「そうなのかなー。蘭がそれだけの理由でお嫁さんにするかな?」
渚くんが考え込む。
渚くんは簡単に「それだけの理由」というが。
命ほど大事なものなんて、ないはずだ。
「あのね、渚くん。私と蘭の間には恋愛ってものが存在しないの。そもそも、私。蘭に嫌われてるし」
「えー。蘭がカレンのこと嫌いなわけないよー。アイツ、口は悪いけど。ちゃんと考えてるよ」
やっぱり、渚くんは蘭の肩を持つのね。

私は、ふぅ…とため息をついた。

「渚。蘭のお嫁さんに何してんだ?」
いつの間に帰ってきたのか。
クリスさんが目の前に立って、じっとこっちを見ている。
渚くんは、にぃっと笑って。
手を高く上げた。
クリスさんに手を繋いでいるのをアピールする。
「別に手ぇ繋ぐくらい、いーじゃん。カレンと友達になれたんだから」
「蘭にバレたら殺されるぞ」
「いいの。ねー、カレン」
「え…」
渚くんに同意を求められて言葉に詰まる。

少しずつ、ここでの生活は慣れていくのかな?