(え、)

あまりの距離の近さにドキッと心臓が跳ねた時――

「デートしてくれるだけで礼になる」

耳元で小さく、低く、そう聞こえた。



「じゃあな。また仕事上がりに」

足を止めたままの私をその場に残したまま、彼はあっという間に会社のビルの中に戻ってしまった。

(え、え、なに?今のは何、なんなの?)

思考がぐるぐるとまわる。顔が燃えるように熱い。それこそ耳まで真っ赤だろう。

(デ、デート??南雲が?私と??それって……)

な、
ないないないないないないないない

そんなわけない!


自分にとって都合の良い解釈が思い浮かんで、私は全力でその思考を追い払おうと頭をブンブンと左右に振った。

南中からの暖かな日差しを背に、私はしばらくその場から動けなかった。

片手に握ったままのコンビニの袋が、風に吹かれてカサリと揺れていた。







(了)