ぜんぜん足りない。



「桃音、」

名前を呼ばれてびくりとする。



「今日、やっぱ自分の家帰れば」

「え……」

「逃げ場みたいにされんの、ふつうにだるい」

「っ、逃げ場とかじゃ……」


……ないのに。

最後まで言えなかった。

こおり君の表情が、言葉どおり「だるい」って。わたしに見せつけてくるから。



「こおり君といっしょにいたい、よ」


おそるおそる手を伸ばした。
掴んでないと、離れていってしまいそうな気がして。


さっきとおんなじ。

わたしの手を振り払うことはしない。
だけど、腕はだらりと下がったまま、応えてくれることもない。


その態度に、わたしが居ても迷惑なんだって……思って。



「……ごめんね。じゃあ、泊まるの、ナシにする……」



笑顔、笑顔、笑顔。
貼り付けて、手を離した


──────はず、なのに。




「……こおり君?」

「……うん」

「……この、手は……いったい」

「……さあ」