ぜんぜん足りない。




「まさか、失踪した社長の義理息子を、私が拾うなんて思ってなかったなあ。世の中、何があるかわかんないね、懐かしい〜」



あの母親の元で暮らすより、身代わりとして社長の息子になったほうがいいと思ったのに。


契約が決まった日の夜中、おれはどうしてか、どちらの家も捨てて逃げ出した。



縛られて生きるのが漠然と怖くなったんだ。

あの母親の息子でもなく、三島潤一郎の息子でもなく、ひとりの人間として自由に生きてみたかった。



そしてすぐに、行く宛てもないことに気づいて絶望する。


あの日は雨が降っていて、服から入りこんできた雫が傷口にしみた。



『ちょっと君! なにやってんの〜風邪引くよ?』



おれのそばに、1台の車が停車した。

中から降りてきたのが超有名な若手俳優だったから、思わずたじろいだのを覚えてる。


そのあとに続いて出てきたのが──────桃音の母親だったんだ。