その時、女が話し出した。


「自分を傷つけるのは、見逃せないな。相手を殴ったら、自分が傷ついちゃうじゃない。痛いでしょ、それ」


「別に」


「……まず自分を大切にしなきゃ、他の誰も大切に出来ないよ? なんて、説教くさくなっちゃった」



 俺は少なからずこの言葉に動揺した。



 横から、俺と女を線引きするように、女の方に夕日が差し込んだ。



 埃がきらきらと乱反射して神秘的な趣に、思わず魅入る。
女は手を額に寄せて眩しそうに目を細めた。



 そして、「ああ、でも」と思い出したように言う。


「パイプとか使ったら自分は傷つかないで済んじゃうね」


「それがなんだよ」


「そういう面では、素手で喧嘩って正しいかも。 ………相手の痛みも分かるし」



女は、ふっと軽く笑い、絆創膏を一枚、ポケットから取り出した。



「これ、使って」


「別に、いらねえよ。こんな傷すぐ治る」


「わたしの優しさを無駄にするつもり? 素直に受け取ってよ、腕疲れちゃう」


「じゃあ、すまねえ。………ありがと」優しさの不意打ちに戸惑った。


「いいえ、どういたしまして」



 セミロングの髪が揺れ、少し伸びた前髪から覗く目が、うぐいす色に透いて見えた。



髪を耳にかける仕草さえも美しく煌めいて、俺の記憶に色濃く跡を残した。



 これが俺と、「白羽根 みかさ」との最初の出会い。