招待客が増え、公爵たちがどこにいるかも分からなくなったので、とりあえず広間を出てみることにした。

王宮の広々した回廊をゆっくりと進む、少数だけど行きかう人が居るからこの先に化粧室でもあるのかな。

あまり遠くに行くと帰り道で迷いそうだから、この辺りで目立たない場所を探して時間を潰そう。

と決めた途端、長く続く回廊の曲がり角から男性が現われた。

あれ?……あの人って……心臓がどきりと跳ね嫌な予感が波のように広がって行く。

遠くで顔は見えないけれど、長身の男性だと分かる。

金髪に派手な赤い衣装。

なんだか……ランセルの容姿の描写そのもの。まさか本人?

でも彼は夜会の会場に居るはずだけど。


ここに来て私の知識の重大な欠点に気が付いた。

小説で読み、流れは分かっている。

だけど正確な容姿が分からないのだ。

登場人物の容姿は、文字の情報で私が膨らませたイメージであって確実なものじゃない。

髪色とかスタイルである程度は分るけど、似た人がいたら見分けられないし、そもそも私の理解が間違っている可能性がある。

ランセルなのか、違うのか。

もし本人なら無視して通り過ぎるのは駄目。そんなことをしたら不敬罪とか言われそうだ。

公爵令嬢のアリーセが、自国の王太子の顔を知らないって有り得ないわけだし。

改めてこの状況結構まずい。気付かなかったことにして逆方向に逃げる?

うん、そうしよう。今ならまだいける気がする。

さり気なく踵を返す。けれど直後に厳しい声で呼び止められた。

「待て!」