お前が好きだなんて俺はバカだな

手洗い場の前で、そっとため息をつく。

やっぱり置いていかれているのは私だけなんだ...。

まあ、そうなのかな。

2人とも、あのときはまだ小さかったし...。

もうだいぶ時間経ってるし...。

私だけ、こんな...。

「...ばかみたい。」

最近、私は一体何してるんだろう。

いや。

何がしたいんだろう。

考えているのも束の間、誰か入ってきた。

「あ...どうも。」

柏木さん...。

なんだか、気まずいな...。

「私、先に失礼します。」

「あの、結野ちゃん。」

「...はい。」

「ごめんね。」

また、謝られてる。

この人は何も悪くないだろうに。

「どうして、謝るんですか。」

「結野ちゃんには、お母さんがいるのに。
私が急にお父さんとお付き合いするだなんて、嫌よね。」

「いえ、そんなこと...。」

「私も、小さいころにお母さんが変わったの。」

「え...。」

「だから、そのときは到底受け入れられなかったし、まさか私も同じことしちゃうなんて、思わなかった。」

「...。」

「あの人に気持ちを打ち明けたとき、1度目は断られたの。お母さんのことが忘れられないからって。それに、やっぱり結野ちゃんたちのことも気にしているみたいで...。」

「...。」

「でも...それでも、私はあなたのお父さんのことが好き。自分に嘘はつけなかったの。

私ってほんとバカだよね...。」

気持ち...なんとなく分かるな...。

人が好きだって気持ちがあれば、なんでもできちゃうような気がする。

自分が悪者になって人を裏切ることも...。

「...お父さんの、どういうところが好きなんですか?」

「それはね、何事にも凄く正直で、真面目で、一生懸命で、でも、皆のことを気遣ってくれて、弱音も人前じゃ滅多に言わないし、私が失敗した時もフォローしてくれていつも凄く頼りになるの。
それに、誰にも臆さず意見が言えて、自分の信念を貫いてて、でも恩義も絶対忘れないし、顔だってほんとに私の...。」

「...。」

「やだ、ごめんなさい、私ったら、つい...。」

本当にこの人、大丈夫かな...。

そりゃあ、お父さんが仕事してる姿なんてまるで知らないけど、そこまで目を輝かせて...。

でもまあ...。

「変に思っちゃった...?」

本気、なんだな...。

思わず、ちょっと笑ってしまった。

「え、結野ちゃん...?」

「柏木さんって、意外と情熱的なんですね。」

「そ、そうかなぁ...?」

さっきまであんなに冷静で、大人っぽかったのに。

今はあたふたして子どもみたい。

「え、そんなにおかしい...?」

「だって...あまりにも真剣だったから...。」

「えぇ...?」

そろそろ笑うのをやめないと、失礼だな。

でも、なんだか、思ってたよりずっと純粋な人だったみたいだ。

「すみません。正直ちょっと疑ってたんですけど、話してたらすっきりしました。」

「ほんと?
よかった...。」

柏木さんは安心したように微笑む。

この人も緊張してたのかな。

「あんな父ですけど、よければよろしくお願いします。」

「うん。結野ちゃんも...こんな私だけど、よろしくね...?」

「はい。優奈さん。」

「結野ちゃん...。」

優奈さんは、嬉しそうに笑った。

ああ、たしかに...お父さんが好きになっちゃう気持ちも分かるかも...。

なんか...先輩が笑ったときもこんな顔して...。

私、何考えてるんだろうなぁ...。