「...っ...」

彼の吐息が一瞬、かすめて...。

私の肩をぎゅっと強く押さえられるのに耐えられず、身体がビクンと跳ね上がった。

飛び出しそうな胸の鼓動が、どこかできこえる時計の秒針とたちまちズレていく。

唇が...私のと、そっと重なって...

あ...つい。

「...はっ...」

先輩の唇が離れる。

先輩の顔がまだこんなに近くにある。

頭では理解できていても、心や身体が追いつかない。

どうし...て、

「...怖かった?」

「ぃ...ぇ、
せんぱい...。」

「つらかっただろ。
こんなに、傷付けてごめんな。」

誰よりも優しく微笑む先輩...。

小さく首を振ると、先輩は私をそっと抱きしめた。

あったかい...。

「ちが...います。
私は...きずついてなんか...。」

「つらいこと、全部俺に話してみろよ。」

全部、あふれてくるのに。

「せんぱい...せんぱい、せんぱい、
私、わたし...。」

言葉が何も出てこない。

昨日、同じようにベッドでぬいぐるみを抱いて泣いていたこと、先輩は、どう思うんだろう...。

「わたし...わたし、じゃ...かてないと、おも...っ、て...。」

先輩は何も言わずに、背中をさすってくれている。

「先輩は...私のものだけだって、
勝手に、そうおもって...。」

ぎゅーっとしてくれる。

「先輩が、近くにいるのに遠くて。
それが...つら、くて。」

声が上手く出せない。

こんな私のこと、先輩は真剣にきいてくれてる。

「あのひとは、先輩のこと、
まだ、きっと好きなんです...。
先輩のこと、その気になればいつでも...
わたしよりずっと、綺麗な人だから...。
こんなの...醜いですよね...。」

先輩は、いったん力を緩めて、私に顔を見れるようにした。

そして、頭を撫でながら、にっこりと笑う。

大丈夫だよ、って言ってくれてるみたいで、

ほっとする。

さっきから先輩は、黙ってきいているだけなのに、なんでこんなに、安心しちゃうんだろう。

さっきまで、あんなに不安に思ってたのに。

なんだか、あのモヤモヤが、全部嘘みたい。

「先輩、何か言ってくださいよ。」

「結野、ありがとう。」

「...今日の先輩は、私に甘すぎですね。
昨日の喧嘩で頭でも打っちゃったんですか?」

「なんだよ、
せっかく心配してやったのに
その言い方。」

先輩が冗談っぽく、私のほっぺをつんつんする。

「先輩...やめてください...。」

「怒ってる...かわいいな。」

「か、かわいくないですっ!
先輩のばか!」

「かわいいよ。
でも、笑うともっとかわいい。」

先輩の深い瞳にハッとする。

また...何故かお母さんのこと、思い出して...。

私は先輩に笑ってみせた。

「...これでいいですか?」

「うん、いいよ。
すごくいい。」

「先輩も笑うとすごくかわいいですよ?」

「なんで俺がかわいいんだよ。」

「怒ってもかわいいですけどねー。」

「おまえなぁ...。
俺は男なんだから...。」

「先輩かわいいかわいい。」

「俺の頭を撫でるんじゃない。」

「かわいいです...。
私のことこんなに心配してくれて...。」

「...。」

「私の話をこんなに真剣にきいてくれて、ありがとうございます。」

「...どういたしまして。」