「……何の用だよ?」
 
深く息を吐いてから、俺は決して振り返る事なく後ろに居る人物に声を掛けた。

「――っ!」
 
後ろに居る黒い影は返事の代わりにぎゅっと体を抱きしめてくる。

しかし俺は直ぐにその腕を払い除けた。

「気安く触んな……」
 
どすの利いた声で言い放ち、俺はベッドから下りて部屋の扉に向かって歩いて行く。

そんな俺の姿を見ている黒い影が声を掛けてくる。

「――っ?」
 
ドアノブに手を置いて俺はふっと軽い笑みを浮かべる。

「お前に言う必要ないだろ?」
 
それだけ言い放った俺は部屋を後にして外に出た。

「……はあ」
 
ざわつく心を落ち着かせるため、俺は深呼吸してから青空を見上げた。
 
まったく、人がせっかく休んでいたって言うのにあいつは……。

「あいつと同じ部屋になんて居られるか……」
 
【あの存在】は俺が必ず一人でいる時にしか出て来ない。

最初からずっとそうだ。

あの存在を自分の中に認識した時から、あれは俺の存在を欲している。

だからアルたちもあの存在の事を知らない。

いや……話す事が出来ないんだ。

「さて、どうしたものか……」
 
こうして外に出てしまったら部屋に戻るわけにも行かない。

特に行くところもないしな……。

「あっ……いや、あるか!」
 
そこで俺はもう一度、首から下げている翡翠石を見下ろして優しく微笑んだ。

そして真っ直ぐ前を向いて街に向かって歩き出した。