聡志が緊張しきった顔で、ウチの玄関の前に、現れたのは、それから3日後だった。


1ヶ月前に、仲直りの報告に来た時の比じゃないくらいの硬い表情で、家に上がった聡志は、神妙な顔で迎えた両親に向かって


「由夏さんと結婚の約束をさせていただきました。ご両親に、それをお許しいただきたく、今日は参上しました。由夏さんを僕の妻にさせて下さい。必ず、幸せにします。どうか、よろしくお願いします!」


そして、テーブルに付くくらいに、深々と頭を下げる聡志。その横で、聡志に初めてさん付けで呼ばれて、ちょっとくすぐったかったけど、神妙な顔で、私も頭を下げる。


頭を上げた聡志に、お父さんは


「聡志、君に頼みたいことは1つだ。娘を悲しませないでくれ。ただそれだけだ。そして、娘の幼い頃からの夢を叶えてくれてありがとう。由夏をよろしく頼む。」


と目に涙をいっぱい溜めて、聡志に頭を下げる。


「はい、ありがとうございます。お義父さん、お義母さん、必ずお約束します。」


幼い頃から、ずっと「コーチ」「岩武のおばさん」だった聡志のウチの両親への呼び方が、この時に変わった。


「由夏、良かったね。」


そう涙ぐみながら、言ってくれたお母さんに


「うん。」


と私は笑顔で答えた。


その後、もちろん、塚原のおじさん・・・じゃなくて、塚原のお義父さん、お義母さんにもご挨拶して、私達は正式にフィアンセになった。


そのあとは、当たり前のように、両家合同で、大スパーク。散々痛飲した挙げ句、だらしなくのびてしまった男3人を、この日ばかりは、私もお母さん達も微笑ましく眺めていた。


年が明けて、私は聡志と一緒に仙台へ。事実上、妻として、彼を支える日々が始まった。


そしてあっと言う間に1ヶ月が過ぎ、聡志は春季キャンプへ。1ヶ月間の離れ離れは、正直本当に寂しかった。でも


「プロ野球選手は、大袈裟じゃなくて、1年の半分は、家を空ける生活だからね。その寂しさに耐えられなくちゃ、プロ野球選手の妻は務まらないよ。」


プロ野球選手の妻の先輩である、みどりさんにも言われていた。まして、私は仙台に堀岡さん夫妻以外の知り合いもいない。


両親からは1回帰って来いと言われ、聡志も帰っていいと言ってくれたけど、彼の留守を守るのは、私の役目と、肩肘を張ってしまった。


もっとも、チームの同じような境遇の奥さん同士の横の連携があって、私もその中に加えてもらうことが出来た。いろんな貴重な話を伺ったり、時にはランチやお茶に誘って頂いたりして、ありがたかった。