この日の仙台は、爽やかな秋晴れだった。だけど、東北の秋はいつものように足が早く、日に日に冬の足音が近付いて来ていることを実感させられる。


もうすぐ11月の声を聞こうかという時期、俺は仙台スタジアムで、練習に励んでいた。


プロ入りしてから、俺の10月は宮崎と相場が決まっていた。明日の一軍、明日のレギュラーを目指して、各チームの若手選手が一同に集い、鍛錬に励む場所。


しかし今年、俺はそのメンバーに名を連ねることはなかった。あの嘘のような、一軍昇格から、俺はローテーションを外れることなく、9勝を挙げた。一流ピッチャーの証である2桁勝利には、一歩届かなかったが、佐々木、川上に続く3番手の先発として、その存在を認められるようになっていた。


少々恥ずかしかったのは、プロ入り4年目、26歳の俺が、「新人王」に選ばれる資格をまだ有していて、一時はその有力候補と目されたことだ。


結局、他球団の正真正銘の新人ピッチャーに、わずかながら遅れを取り、人生初のタイトルを逃したのは、俺らしいと苦笑いすると同時に、ちょっとホッとした。


そしてチームは、宿敵Hと最後まで激戦を繰り広げ、最終決戦となった敵地福岡での直接対決3連戦に勝ち越せば、優勝というところまで、漕ぎ着けたが、頼みの両エースで連敗、万事休した。3戦目、一矢報いた勝利が、俺にとっての今年最後の勝ち星となった。


この結果を受けて、三年契約が終わる野崎監督の去就が注目されたが、球団の続投要請を快諾。ただし、来年がラスト勝負と、球団からの複数年契約の提示を断り


「今年の悔しさは、来年必ず晴らす。その後なんかはない。」


と一年契約を選択した姿は、俺達選手に覚悟と自信を示した形になった。


こうして俺は今は、今年1年のオーバーホールを兼ねながら、来季に向けてのトレーニングを続けていた。


今年、ようやく一軍のプロ野球選手としてのキャリアをスタートさせた俺だが、今年の実績が、来年の保証に全くならないことは、骨身に沁みて、わかっている。


とにかく気を抜くことなく、でも絶対にオーバーワークにだけはならないように。俺達の戦いは、現役を引退するその日まで、終わりはない。