その後、俺はロッカールー厶に行き、荷物をまとめると球場を出た。明日からは、またあの二軍のグラウンドでの日々が始まる。今の俺には、その現実を甘受するしかなかった。


小谷さん、ひいては監督の言葉を、全て受け入れられたか、納得したかと聞かれれば、答えはノーだ。


結果を残せなかったのならともかく、多くのコーチが俺の一軍入りを支持してくれるような結果を残した以上、やっと巡って来たチャンスを取り上げられて、はい、わかりましたと素直に言えるはずもない。


だが、その一方で、監督の期待に、意気に感じる自分がいないわけでもない。


「まぁ俺はなんとなく覚悟を決めていたが、まさかお前が開幕二軍とはな。首脳陣も何を考えてるんだろうな。」


共に二軍落ちを通告された菅沼さんからは、そう慰められたが、俺は何も言えなかった。


球場を出た時には、日はもう、とっぷり暮れていた。車に乗り込み、この顛末を由夏に報告しようと携帯を取り出したが、どうしても指が動かず、俺は携帯を仕舞うと、車をスタートさせようとして、ハッとした。見慣れた顔が目に入ったからだ。


いつもなら、無視して、車を出すのに、この時の俺は、彼女を助手席に呼び込んでいた。


「何かあったの?」


心配そうに、問い掛けて来る彼女を無視して、俺は車を走らせる。


やがて、車は地元のデートスポットとして名高い、夜景の美しい展望所の駐車場に滑り込む。由夏を連れて来たのは、いつだっただろう。そして由夏以外の女と一緒に来るなんて、あってはいけないことなのに・・・。


彼女の手を引き、彼女と並んで、遠くに広がる夜景を眺める。毎日のように、マンションから同じ景色を眺めているのに、違った景色に見えるのは、なぜなんだろう。


気が付けば、彼女の肩を抱き寄せていた。彼女が纏う、芳しい香りが鼻をくすぐる。そして、俺はついに、人目も気にせず、彼女を腕の中に収めてしまった。


「私、代用品になる?」


抗う素振りも見せず、俺に身を預ける彼女が言う。


「辛い時、苦しい時に側にいて欲しい人って、誰にでもいるよね。でもその人が、自分の手の届かない所にいる。その切なさ、寂しさは誰よりもわかってるつもりだから。」


そんな彼女の言葉に、胸をつかれる。


「そう、私はよくて代用品。そんなのわかってる。それでも少しでもあなたの側に居られるなら、あなたの役に立つなら、それでいい。」


「長谷川・・・。」


そのあまりにも悲しい彼女の言葉に、俺はついに今日初めて、彼女の前で、声を出す。


「でもね・・・あなたが触れたくて、手を伸ばした時に、触れることが出来る場所に、いつまで経っても、来ようとしない岩武さんのこと、少しは冷静に見直して欲しい・・・な。」


そんなことを遠慮がちに言う長谷川を抱きしめている俺の力は、自分でも気付かぬうちに強くなってしまっていた。