温子は純一から与えられ続ける激情に震えた。

今まで自分が欲しかった熱い想い以上に求められたことがあっただろうか。

彼を離したくない貪欲な感情が恋という可憐なものであるはずがない。

人間の、正確には女のもっと汚い部分が浮き上がって見えた。

金と体と心、三つすべてがそろった。

これは非常に厄介なことだ。

恋愛は冷静に行えるものではないと知っていたから余計だ。

そんな風に考えてしまう自分が怖かった。

一方彼は純粋に自分を欲してくれている。

上手くいくはずがない。

先が見える。

きっと誤解される。

何もかもが空回りしそうに思えた。

「温子さん、何を考えているんですか?」

「純一のこと。」

「ホントに?」

「私は純一に恋してしまったの。でもどうすればいいのかわからない。私には何もないから。」

「どうして自分を見下すような言い方をするんですか?」

「あなたが立派過ぎて、私には勿体ないとも思う。」

「自分の心に逆らえるんですか?」

「好きだという気持ちだけでは済まされないことがいっぱいあると思うの。」

「それは僕も僕なりにわかっているつもりです。温子さんと二人で進んでいきたいんです。それじゃダメですか?」

「私には何も言えないわ。私も純粋にあなたが好きだと言いたいけど、実際には後ろに付いてくるものが大き過ぎるから。」

「早川のことですね。」

「そうよ。」

「じゃ、僕からリクエストがあります。」

「リクエスト?」

「そうです。」

「何かしら?私にもできることにしてね。」

「できます。温子さんに女としての覚悟を持ってもらいたいのです。」

「覚悟?」

「そうです。僕が男として覚悟を決めているのと同様に、です。」

「そんなに簡単に言わないで。無理。」

「今はでしょ?」

広いバスタブに二人でつかりながら見つめ合った。

温子は小さく首を振って応えた。

「無理よ。早川家はあまりにも巨大すぎて、その覚悟がどんなに強いものでなければならないか想像もできないし。」

「僕の妻になることがそんなに難しいことなんですか?」

「つ、妻?」

「そうです。結婚を前提としてのお付き合いと、初めに言いましたよね。」

「言われてないわ。」

「いいえ、優一兄さんの見合い相手が僕に代わっただけですよ。」

「それは。」

「大おばあ様が決めたことでもあります。」

「大おばあ様?」

「早川コーポレーションの会長です。」

「会長?」

温子は風呂の蒸気と今聞いたことで頭にカーッと血が登った。

いきなりザバッと立ち上がり

大股でバスタブをまたいで突っ立った。

腰に両手を当ててぶ然とし

次に片手で純一を指差した。

「いいこと、私は人に決められた生き方はしない女なの。帰るわ。」

バスルームをサッサと出て

バスタオルを肩にかけビショビショのままベッドルームへ向かった。

手早く身支度をしてゴージャスなスイートをあとにした。

広々としたロビーの大理石の上を

カツカツとヒールの音を響かせてエントランスの外へ出た。

ロータリーではボーイがタクシーを手招きし

温子を乗せて丁重に見送った。

純一はバスタブにゆっくりとつかりながら

はあッと大きくため息をつき

温子がきっとわかってくれるはずだと能天気に構えた。

温子としては次の週末のデートは当然キャンセルだ。