「温子さん、食べたら場所を変えて飲みますか?」

「あ、うん、そうね。」

純一は口ごもる温子の顔をじっと見た。

いつもはもっとはっきりとした言葉を使うのにどうしたのだろう。

「じゃ、リクエストしてください。」

「リクエスト?」

「そうです。温子さんからのリクエストなら何でも構いません。」

温子はまたもや純一に甘やかされているようでくすぐったかった。

「えっと。」

「はい。」

「んー。」

「何でしょう。」

「ちょっと待って。もう少し考えたいから。」

「いいですよ。ゆっくり考えてください。」

いつもの利発な温子らしくない態度に純一は何かを察した。

もし恋人同士だったら相手が何を望んでいるのかを常にわかっていたい。

純一はそう考えた。

「ワインのお代わりは?」

「もういいわ。」

「じゃ、行きましょう。」

「えっ?行くってどこへ?」

「外へですよ。」

「あ、外ね。」

「僕が会計を済ませますから、先に外でリクエストを考えてください。」

「でも今日は私が誘ったから。」

「いいえ、温子さんは僕へのリクエストがまだですよ。ほら、外へ出てください。」

「あ、うん。ありがとう。」

ジャケットを羽織りながら温子はレストランのドアから外へ出て

酔っていない今どうやって純一に甘えられるかを必死に考えた。

もっと満たされたい気持ちを何と言ったら伝わるのか思いつかなかった。

「お待たせしました。行きましょう。」

「どこへ?」

「決まってます。今夜も抱きしめていいんですよね?」

純一は温子の耳元でつぶやいた。

「純一。」

温子は純一のその言葉にすがった。

「温子さん、僕が今すぐ欲しいって言ったら軽蔑しますか?」

「いいえ、私が素直に言えなかったから、嬉しい。」

「これだけは言っておきます。僕はのんびり屋に見えるかもしれませんけど、自分がこうしたいと思ったら必ず実行します。」

「そう、なの?」

「そうなんです。いいですか、温子さんは僕にはガンガン言ってください。こう見えても打たれ強いタイプですから。」

「そんな風に言ってくれてありがとう。私、純一のことが気になって、会いたくて。」

「はっきり言ってください。欲しくてでしょ?」

「もう、ばか。」

駅前からタクシーに乗った。

行先はもちろん365日利用可能な早川のVIPルームだ。

「今夜はローズバスでなく、僕と一緒にいかがです?」

「それも思っていたことなんだけど。」

「良かった、ビンゴですね。」

純一は温子の手を握って離さなかった。

今夜は温子のすべてを片時も離さないつもりだ。