時折あちこちの店のウィンドウ・ディスプレイに目を向けたり

通りの反対側に立ち並ぶショップをちらちらと見ながら

この散歩を楽しんだ。

夕方のまだ早い時間にとある中華料理店ののれんをくぐった。

「らっしゃい!」

奥の厨房からおじさんの声が響いた。

駅前通りに必ずあるようなごく庶民的な店だ。

四角いテーブルにはそれぞれ4客の丸イスがあり

白いエプロンをしたおばちゃんが

すでに銀色の丸い盆の上に氷水を注いだコップをのせて

今店内に入ってきた男女へ視線を向けていた。

「いらっしゃい、こちらへどうぞ。」

と壁際のテーブルの一つへ誘導し

二人がイスに腰を落とす前にコップを置いて注文待ちの態だ。

「私、焼きそばね、あなたは?」

純一は温子に聞かれて慌てて壁に貼られたメニューに目をやった。

「えっと、僕も同じで。」

「焼きそば、二人前!」

おばちゃんは奥のおじさんに聞こえる音量で声を張り上げた。

温子は氷水をゴクリと飲んだ。

「かなり歩いたんじゃないかしら。」

「そうですね。」

純一も同様にコップの水をのどに流し込んだ。

程なくして注文した焼きそばが二人の前に置かれた。

おばちゃんは空になったコップに水を足して奥へさがった。

「う~ん、このソースの匂い、たまらないわね。」

「本当ですね。」

純一はカフェでの緊張感が今ではすっかりやわらぎ

パクパクと焼きそばを食べる自分を素直に見せた。

こんな展開になるとは思ってもみなかったし

純一は飾りのないありのままの温子をさらに好きになっていった。

食べ終えて皿を空にした純一は再びコップの水を飲み干した。

「温子さん、今日はどうして僕と会ってくれたのですか?」

温子もコップの中の氷をカラカラさせて水を飲んだ。

「あー美味しかった。」

温子は上機嫌だ。

「どうしてって、どうしてかしら。」

「それじゃ答えになってないですよ。」

「あなたの目って、子犬みたいに可愛いのね。」

「えっ?」

純一は突然そう言われ

眼をパチクリして温子を見つめた。

じわじわと赤面していく自分がわかった。

顔がかあーッとなる感じがした。

「ごめん、ごめん。可愛いなんて言って、失礼しました。」

「いえ、そんなことを言われたの、初めてなので、ハハハ。」

「たぶん、私って年下に弱いタイプなのかも。」

「僕はあの日温子さんに一目惚れでした。」

「あら、嬉しい。そんなこと滅多にないもの。」

温子の言葉はふざけた感じは全くなく

純一は温子と見つめ合った。

「さっ、今度は恵比寿まで歩くわよ。」

「はいっ!」

純一は数時間のはずのデートが半日も続くことに

驚きと興奮と新たな発見にひたれる喜びに充実感を覚えた。

人生25年生きてきて初めて味わうこの奇跡に心の中で感謝した。

今日は忘れられない日になりそうだ。