会食が始まる前

20畳ほどのダイニングには一族が集まり始めていた。

純一はあの後いろいろ考えた。

まず一番に話しておきたい母親の部屋へすっ飛んでいった。

コンコンと軽くドアをノックした。

「母さん、今いい?」

見合いの席で着ていた和服から

いつもの目立たないカラーのワンピースに着替えた母親がドアを開けた。

「純一、どうしたの?」

「ちょっと話があるんだ。」

部屋の中央で立ったまま話した。

「母さん、言いにくいことなんだけど。」

「もう皆さんが集まっていると思うけど。」

「いつもなかなか言えなくて、その。」

「後じゃダメなの?」

「今、聞いてほしいんだ。」

「じゃ、手早くね。」

「うん。これから言うことは兄さんたちには絶対内緒にしておいてくれない?」

「何なのいったい?」

「優一兄さんの見合い相手だった温子さんの連絡先を教えてほしいんだ。」

「温子さんて、だってさっきはあんなにひどく追い返すような真似をしたじゃない。」

「あれは兄さんたちの考えで、僕は関係ない。」

「そうなの?」

「とにかく、僕は兄さんたちとは違う。」

「でもね、温子さんとしてはもうウチとは関わりたくないんじゃないかしら。」

「そんなの、兄さんたちがいつもあーだこーだ言ってダメにしてきたんじゃないか。」

「あなたもそうだと思っていたから。」

「僕は、今まで言えなかっただけだ。」

「それで、どうする気なの?」

「温子さんをお茶に誘おうと思って。」

「さっきはお紅茶を気に入っていただけたようだったわね。」

「母さんもそう思うだろ?」

「でも、いいお返事はもらえないかもしれないわよ。それでもいいの?」

「うん。」

「わかったわ。」

母から聞いた番号をその場でスマホへ登録した。

「母さん、ありがとう。」

「あんまり期待しない方がいいわよ。」

「わかってる。くれぐれも兄さんたちには言わないでね。」

そっと母の部屋のドアを閉めて廊下を静かに歩き

自分の部屋へ戻ってから大きく息を吐いた。

心臓がドクドクしていた。

一段階をクリアしたことで気分が高揚しスマホを握る手に力が入った。

心の中で「よし。」と言って気を引き締めた。

何でもないような顔をしてこれからの会食を切り抜けなければならない。

勘の鋭い兄さんたちに気づかれてはダメだ。