後輩たちへの引き継ぎが終わると、俺はさっさとグラウンドを後にして、寮の自室に戻って来た。


着替えもせず、ベッドにゴロリと横になって、天井を見上げる。


(終わったんだな・・・。)


改めて現実を突きつけられる。今朝はいつものように練習開始時間までにグラウンドには行った。だけど、野球道具も持たず、ユニホームに着替えることもなかった。


理由はただ一つ、昨日の県大会決勝で、俺たち御崎高校が敗れたからだ。俺の最後の夏、そして高校球児としての時間は終わったんだ。


正直、こんなに早く終わってしまうなんて、思ってなかった。去年も一昨年も、当時の3年生は夏の甲子園大会を戦い、その後、一部の先輩は高校選抜チームでの海外遠征、そして国体・・・戦いは秋まで続いた。


自分も・・・そのつもりだった。俺の高校野球はまだまだ続くと思っていた。だが・・・。


そんな俺の目論見をふっとばしてくれたのは、他でもない。2歳下の弟の省吾だった。俺たち三兄弟の末っ子で、いつも俺の影に隠れるようにくっついて歩いてたあの甘えん坊の省吾が・・・兄貴の俺の目から見ても、素晴らしい素質を持ちながら、自分に自信を持てずに、持てる力を発揮できないで来たアイツが・・・。


アイツは俺の後を追って、御崎に進学するものだと、信じて疑ってなかった。それだけに


「省吾が『哲兄と戦いたいから、他の高校に行く』と言い張って、聞かない。」


と親から聞いた時は驚いたが、高校入学と同時に野球部の寮に入って、親元を離れた俺は、弟とも話す機会がほとんどなくなっていたから


(アイツも少し独立心が出て来たのかな?)


くらいにしか思わず、むしろ弟の為にはその方がいいかもと思っていた。結局、省吾が選んだ進学先が、中学の時にバッテリ-を組み、今や俺にとってはライバルとなっている西達暁のいる明協だったから


(省吾は本気で俺と戦いたいんだな。)


とは思ったけど、正直入学して間もない弟とガチで対戦することになるとは思ってなかった。だが、省吾は俺の予想を遥かに超えるスピ-ドで成長を見せ、決勝まで上がって来た。


決して手を抜いたわけでも、舐めて掛かったわけでもない。最後の打席、俺は全力で省吾に立ち向かい、そして打たれたんだ。


(アイツにあそこまで完璧に打たれたんなら、仕方がない。)


直後は、いっそ清々しさすら覚えたが、時が経つにつれて、悔しさが増して行き、とうとう昨日は一睡も出来なかった。初めての経験だった。