松本投手は自分から高橋捕手にサインを送る。それを受けた高橋さんが、一瞬驚いたように松本さんを見る。


(本当にこれでいいのか?)


そんな思いでマウンドを見た高橋さんに、松本さんは大きく頷いて見せた。


(わかった。)


髙橋さんが構える、そして投じられた14球目。その瞬間、松本くんの瞳がキラリと光った。


(来た!)


迷わず振り出されるバット、そしてボールと衝突した瞬間、凄まじい金属が球場に鳴り響いた。


「やった!」


私は思わずベンチから身を乗り出した。打球は、あっという間にライトスタンドに突き刺さった。


『ホームラン、ホームラン、サヨナラ3ランです。ここまで文字通り神奈川高校球界に君臨して来た御崎高校、そしてエース松本哲。しかしその5季連続甲子園出場の夢を打ち砕いたのは明協高校の1年生、松本投手の実弟である松本省吾。更に松本哲に1歩も引かない投球で立ち向かった明協のエース白鳥徹も1年生。恐るべき1年生コンビの活躍で、ここについに王者交代が実現いたしました!』


興奮したTVの実況が、ベンチにまで聞こえて来る。大歓声が沸き起こる。


「勝った、勝ったんだよね、私たち。」


「ああ、勝った。御崎に松本哲に勝ったんだ!」


私の声に、いつの間にベンチに戻って来ていた白鳥くんが大興奮で応じる。グラウンドに目を向ければ、佐藤くんが躍り上がりながら、続いてキャプテンが満面の笑みでホームイン。でもその後ろを走る大ヒーロ-の表情は固い。


一方、マウンドで天を仰いだ松本投手は、駆け寄って来た高橋捕手に


「やっぱりスライダ-じゃなかったか。」


明るく言う。


「いや、たぶんストレ-トでも打たれてた。とんでもないバッタ-だよ、お前の弟は。」


髙橋さんもサバサバした表情で応じる。


「そりゃ、俺と同じ血を引いてるんだからな。」


とおどける松本さんに


「すまん、俺がちゃんと投げていれば。」


結果的に致命傷となったエラ-をした三塁手が涙ながらに頭を下げる。


「いや、抑え切れなかった俺が悪い。気にするな。」


そう言って、彼の肩を1つ叩いた松本さんは


「それにしても、全部おじゃんにしやがって。兄貴思いのいい弟だ。」


一瞬、自嘲気味の表情を浮かべたが


「さ、最後の挨拶だ、行くぞ。」


キャプテンとして、ナインを促す。そして


「はしゃぐのは後だ。」


私たちも監督に釘を刺されて、選手たちは慌ててホームベ-スに向かう。


「ありがとうございました!」


全選手が一斉に一礼して、試合は終わった。