ーー彼は、私とは住む世界の違う人。




***




ちらりと私の座る場所から視線を上げれば黒縁眼鏡をかけた黒髪男子が1人。優雅に足を組みながら何やら小難しそうな本を読んでいる。



いつもどおり。



私は開いた本を立てて、まるで野球部が教科書に隠れて早弁をするみたいに、こっそり彼を盗み見る。



これも、いつもどおり。
絶対、ストーカー行為だけれど。




大学に入学して早1年。
もはや、日課になった彼の観察。



講義終わり私は暇さえあれば図書室に来ていつも同じ席に座る。
4つ並んだ黒い長机のいちばん入り口に近いところ。窓側ではなく通路側の端からふたつ目の席。



理由はひとつ。彼がいつも入り口からいちばん遠い長机の窓側の席にいるから。



彼を見るベストポジションはここだと決まっていた。



今日もこの位置から彼を観察する。本をめくる指先も、少し鬱陶しそうに前髪を払う所作も全てが綺麗で、思わず見惚れてしまう。



本を読む姿がまるで絵画のように綺麗な男の子。私はこうして見ているだけでよかった。



私の通うこの大学は外国語に特化している学校で、こんなストーカー的行為をしている私でさえ、日本語の他に中国語と、韓国語、フランス語はある程度勉強済みだ。



そんな学内でも私がこうしてストーカーをしている彼は特に成績優秀で、私なんて到底足元にも及ばないほどの異次元の脳の持ち主で。



仲良くなりたい、あわよくば付き合いたいなど、そんな身分知らずな愚かなこと口が裂けたって言えやしない。



私の存在なんて彼は絶対知り得ないだろう。



そう思っていたのに、世の中とは本当に不思議なもので突然予想もしていない事態が起こったりする。