瞬間、『きれい』と思った。今まで見たどんな夕暮よりもこの瞬間、はじめて『きれい』だと実感した。
その空の色はあたしがまだ小学生のとき、叔父貴が連れていってくれた藤棚を思い出させた。藤棚は当然、小学生のあたしからしたら手を伸ばしても届きそうな位置になくて。
それでも淡く幻想的な色合いの藤色をじかに触ってみたかった。
途中、大きな蜂を目撃して断念したが。
あのときと同じ。
「怖い?」
戒が心配そうに聞いてきた。
あたしは無言で首を横に振った。
戒が居るから平気。戒に抱っこされてるから平気。と言う意味で。
それでも怖さがゼロになったわけではない。だからあたしは素直に戒の首に縋りついた。
戒が一層強くあたしの腰を抱き寄せた。
「このままさ……俺、お前と溺れ死んでもいいって思った」
戒は切なそうに瞳を揺らした。琥珀色の淡い水晶体が空の藤色と相まって不思議で…でもどこか神秘的な色を宿していた。
あたしは素直に頷いた。
あたしも戒となら―――、一緒に死ねる。
戒が先に死んじゃったり、あたしが先に死んじゃったり―――そんなのやだ。絶対やだ。
死ぬ時も一緒で、死んでからも一緒で。
永遠、て言葉大好きだったけれど、ホントはそんなの存在しなくて、それはいつも脆くて手を離せば簡単にすり抜けて行くって自覚してたけど、でも戒と一緒に死ねるのなら、あたしは永遠を手にできる。
そう思ったんだ。
「きれいだな」戒は顏を上げ、空を見上げて、ついで底が見えない黒い海に視線を戻した。
黒い底なしだと思った海は、空の色を反射しているのかキラキラときれいだった。黒くて暗い海がこの瞬間すごくきれいだと思った。
視線を戻すと、地平線が見える。
どこまでも続く海の広さ。
最初は怖いと思ったけど、戒と一緒で戒に抱きしめられて、不思議と怖いと言う感情がゆっくりと凪いでいく海の美しさを初めて感じた。
気付いたらあたしの足は水底から僅かに離れていた。
未知の世界。
でもあたしは不思議と怖さを感じなかった。
戒の手が一層あたしの腰に回した手に力が籠った。
溺れない様に、しっかりとあたしの腰に巻き付いた戒の温かい手。
「きれいだな」
戒は唐突に行った。
戒の背中にしがみついたあたしの手は戒の濡れたリネンシャツの背中にしっかりと絡まっていた。
「戒……あたしも戒のことが大好き」
素直な気持ちだった。
戒はあたしの知らない世界を見せてくれる。
「戒―――好き」自然に言葉が漏れた。ここに来て何度目の『好き』だろう。
別に『好き』の安売りをしているワケじゃないけど、でも溢れる気持ちを言葉にしないと、このまま一生伝わらない気がする。
あたしのホントウの気持ち―――
戒ははにかもながらうっすらと微笑を浮かべた。
「俺も朔羅のこと―――愛してる」
愛してる―――戒は再び言い
「俺の方が朔羅のこと好き」
戒は和らかな苦微笑みあたしの頬にそっとあたしの頬を包み込んだ。



