でも、そう。
 別に人は良くないかもしれないですよね、と羽未は緩みかけた気を引き締める。

 だって、そう、『さちこさん』のことがあるから。

 さっきもこの人、さちこさんという人が居ながら、私にちょっと結婚してみるかとか言いましたよ。

 悪い奴ですよ。

「さちこさん」
と帯刀が呼んだときのことが忘れられない。

 あれから、会社でも街でも、
「さちこさん」
と誰がか呼ぶと、どきりとしてしまう。

 注文を済ませると、メニューを眺める必要がなくなってしまったので、二人で困る。

 黙って水を飲んでいたが、

「……お前、なにか話せ」

 沈黙に耐えかねたのか、帯刀がそんなことを言ってきた。