バレンタインは嫌いだ。


 女子が渡すことに不満があるわけじゃない。


 あの、甘い匂いや空気感が嫌だ。


「ねえ、チョコなくてもいい?」


 彼の部屋で、漫画を読みながら聞く。
 ちょうどバレンタインのチョコを渡しているシーンで、思い出したように聞いた。


 彼はベッドにうつ伏せになりながらゲームをしている。


「なんで」
「チョコ嫌いだから」
「俺は別に嫌いじゃ……いや、なるほど」


気づいてもらえてなにより。


「バレンタインにチョコもらうとか、憧れだったんだけど」


 それは申しわけない。


「ほかの女友達にもらってくれ」


 彼は何も言わない。


「彼女からもらいたいんですけど」
「その彼女はチョコの匂いが嫌いだから、作れないのです」


 ちょうど漫画が読み終わり、本棚に戻す。
 次の巻を手に取り、元の場所に戻る。


「へえ……手作りしようとしてくれたんだ」


 言われてみれば、そうか。
 市販だったら、関係ないな。


「じゃあ、買ってきてあげる」
「そういうことじゃねーよ」


 渡されないことが不満じゃないとすれば、いったい何が気に入らないのか。


「……まあ、それでもいいよ」


 そういうことで、準備する気はなかったけど、私はチョコを買いに行くことを決めて、漫画を開いた。