ふと、クノさんの後方に土が盛り上がっている部分を見つけた。

たぶんピッチャーが投げるとこ。


暗闇にたたずんでいるその場所は、ライブが始まる前のステージみたい。


とっさに彼の横をすり抜け、そこへ走った。


「クノさん!」

「何だよ」

「私、実は野球のルールがよく分かりません!」

「は?」


クノさんに向かって見えないボールを思いっきり投げる。

手を振り下ろしたと同時に、勢い余って前に転びそうになる。


「その、ツーアウトの時、どうしてキャッチャーが取れないとこ投げたらダメなんですか? ボールになるだけじゃないんですか?」


ひゅーっと風が吹く。クノさんはぽかーんとした表情へ。


「だからクノさんは何も悪くありません! 少なくても私にとっては!」


そう伝えると、クノさんは面倒くさそうに私に近づいてきた。

やばい怒らせちゃった?


謝ろうとしたと同時に、ぷっと彼は吹き出した。


「投げ方下手くそすぎ。あははっ」


ぐ……、だって野球経験ないんだからしょうがないでしょ。


と反論しようと思ったが、無邪気に笑うクノさんに何も言えなくなった。

初めて本当の笑顔を見た気がする。意外と優しく笑うんだ。


「人間性に疑問はありますが、私はクノさんの歌とギターが好きなので、どこまでもついていきます」


少しだけ、分かった気がした。

挫折、苦しさ、そして、迷い。

そんな経験を重ねたうえで表現されたものだから、私は彼の音楽に引き込まれたのかもしれない。


「人間性って……お前、結構言うな」

「だって何でも言っていいって言ったじゃないですか」


クノさんの目線が鋭くなる。

負けずに頬を膨らませて彼をにらみつける。


にらみ合うこと数秒後。クノさんは一瞬だけ表情をほころばせてから、後ろを向いて伸びをした。


「あーお前、本当めんどくせぇな!」


びっくりした。声でかっ!


耳をキーンとさせているうちに、ぱん! と肩を叩かれる。

いたっ、と声が出た。


「そろそろ本気出すわ。よろしく」


急に耳元でささやかれて、びっくりして。

でも、その言葉の意味を理解したとたん嬉しくなって。


ドキドキとワクワクが混ざり合って胸がはち切れそう。


心を落ち着かせてから、「はい!」と返事をしたが、すでにクノさんはフェンスを飛び越え野球場を脱出していた。


待ってくださいよ~。