こんな時間帯の表現のひとつに、『丑三つ時』という言葉があったことを思い出す。
 
 いや、丑三つ時は、もうちょっとあとの時間のことだったかな?

 そんなどうでもいいことを考えながら、アンジェリ―ナは比較的動きやすいワンピースドレスに速やかに着替え、抜き足差し足で階段を降りた。

 馬に跨る予定なので、ドレスの下には、ジャージのズボンだけを穿いている。シャージの上は、周囲の人に顔がバレないよう、頭からかぶる予定だ。

 これほどまで多様な使い方のできる衣服は珍しい。ジャージのことを、アンジェリ―ナは改めて好きになる。

 ゴ……、ゴ……、ゴ……、と、なるべく音をたてないよう小刻みに入口の扉を開けた。

 曇天の地には、月灯りすら届かない。ランプの灯をたよりに荒れ草の中に足を踏み入れれば、生ぬるい夜風がアンジェリ―ナの腰まであるローズピンクの髪を揺らした。

 後ろを振り返れば、昼以上におどろおどろしい姿で六階建ての塔がアンジェリ―ナを見下ろしている。

 アンジェリ―ナが向かったのは、トーマスの監視小屋近くにある厩舎だった。

 暗がりの中、ビクターの馬に近づく。

 ランプの灯りに照らされた馬は、見事な黒鹿毛に隆々とした脚の筋肉を持っていて、この最果ての地には不似合いなほど美しく凛々しい。

「いい子だから静かにしててね」

 アンジェリ―ナが鼻先をよしよしと撫でれば、馬は気持ちよさそうにブルルと小声で鳴いた。