婚約破棄された悪役令嬢は、気ままな人生を謳歌する

「ビクター様?」

「えええっ!? ご存じないのですか!? 王宮騎士団長のビクター様ですよ!」

 必死に訴えられても、アンジェリ―ナにはついぞ覚えがない。

「王宮にいたときから、女性たちに騒がれていたじゃないですか! スチュアート様派とビクター様派に分かれて、いたるところで小競り合いが勃発してたの、本当に覚えてないですか?」

「ビクター? そういえば……」

 その名前には憶えがある。スチュアートに婚約破棄を言い渡された際、アンジェリ―ナをかばった騎士団服姿の男を、スチュアートが『ビクター』と呼んでいた。おかげで流れがおかしくなり、アンジェリ―ナは危うくこの塔に幽閉にならず、領地に戻されるところだったのだ。

「思い出しましたか?」

「思い出した、けど……」

 だが、ビクターに感じた違和感は、完全に解消されたわけではなかった。

 もっと根深いところに、モヤモヤがくすぶっている。アンジェリ―ナの中には、あのとき以外のビクターの記憶が間違いなく存在している。

 突然、脳裏で光が弾けた。

 頭が真っ白になって、アンジェリ―ナの体中から、みるみる血の気が引いていく。

「まさか、後付けキャラ……」