婚約破棄された悪役令嬢は、気ままな人生を謳歌する

 長めの黒髪のせいで、顔がよく見えない。アンジェリ―ナはしゃがみ込むと、男の顔を覗き込んだ。

 吐く息が荒い。そのうえ、目も開けられないほど憔悴しているようだ。

 記憶を辿ったアンジェリ―ナは、あっと叫びそうになる。

 朝、塔を訪ねて来た男だ。用がないと判断し、完全シャットアウトしたのに、まだうろついていたらしい。

(私のネクラ生活を邪魔しようとは、なんとふとどきな)

 今すぐにこの長い足を引っ張って引き摺り、柵の外に放り出そうと思った。

 だがふと、「う……ん」と顔を上げた男を見て、アンジェリ―ナは手を止める。

 シャープな鼻筋に薄めの整った唇。閉じられた目もとを縁取る長いまつ毛。瞼の下に隠された瞳も、美しいであろうことが想像できる。

(あら、イケメン。……そうだ!)

 アンジェリ―ナは閃いた。

 トーマスではなく、彼を起用するのだ。イケメンであれば、ララが恋に落ちるのもそう遠くないだろう。観ている側としても楽しめる。

 アンジェリ―ナは意を決すると、そっと男の耳に唇を近づける。

「イケメン騎士さま、イケメン騎士さま」

 囁きかければ、男の肩がピクリと揺れた。